忘れてた
「駄目に決まってるだろ。」
有無を言わさず業平が明の意見を否定する。
楓を旅に出してやりたい。
能力者でも自由に生きる道が本当にあるのだと新の為にも楓の希望を叶えてやりたいと明は思う。
ただ、それを陰陽局が認めない。
悠一と山崎がそう判断する。
美里のように普通の学校に通ったり実家に帰ったりする程度の自由ならある。
残念ながら楓や新が望んだ自由はそんなものじゃない。
だから明が説得する。
忠はひとまず明姫を説得しなさいと言ったが、明姫が明の説得に応じてくれるとは思えない。
ならば先に業平の説得だ。
業平を こちらの味方に付ければ、鉄壁の明姫でも説得がしやすくなるという明の計画は第一段階である業平で道が閉ざされてしまう。
「けど、業平…。」
「彼女は自分が使役するゴーレムで古澤さんを攻撃した子だぞ?慣れない世界で危険なゴーレムを使う可能性がある以上、世界を自由気ままに旅するなんて希望を局が認めるはずがない。」
「あんなの攻撃じゃないよ。あの人だって熊に襲われたくらいじゃ死なないし…。」
「熊じゃなくてゴーレムな。そんな危険なものをほいほいと国の外に出せるか…。各国の祓魔師から苦情を受けるのは陰陽局だって事をわかってるのか?」
「だって、楓ちゃん、自分のルーツを見てみたいって言ってるんだよ?私や業平だって陰陽師としての成り立ちとか小さい頃に教えて貰ったじゃん。楓ちゃんの場合、ヘブライなんだから世界中を回るのは普通の事だよ。」
「駄目なものは駄目だ。」
安倍家の主屋の居間、座卓の前にいつもの着流しの着物姿で座る業平は頑として首を立てに振ろうとしない。
「なりっ!お願い…。」
基本的に業平は明に甘い。
最悪は楓の希望ではなく、明の我儘としてゴリ押しするべきかと明が悩む。
「すみません…、失礼を致します。」
中年の女性のしゃがれた声がして、明と業平が居る部屋の襖が半分だけ開く。
「どうした?」
業平が声の主に対応する。
声は安倍家で働く家政婦のもの…。
広い屋敷には毎日、通いで来る家政婦が5~6人ほど居るが明はあまり接触がない。
家政婦の話なんか後にして欲しいと明が思わず業平を睨み付けるが…。
「その…、玄関にお客様がいらしてまして…、蒼さんと名乗られるお方で『玄武殿の事でご当主に話しがある。』と言われてます。」
と、古都の訛りのあるいい歳をした家政婦が頬を紅く染めて業平に要件を伝える。
「「玄武様っ!?」」
業平と明が顔を見合わせる。
2人して玄武の事はすっかり忘れていた。
「玄武様、白虎様の事をなんか言ってたよな?」
「それより、今、玄武様はどこ?」
業平が振り返り、床の間へ視線を送る。
紫に金の房飾りが付いた座布団に乗せられた玄武が美術品のような姿で床の間に飾られている。
あれから玄武は動かないままだ。
忠が生きてはいると言うから、霊力を使い過ぎて眠ってるだけだろうと明達は軽く考えていた。
窮地を救ってくれた神様を放ったらかした挙げ句に忘れてましたなんて陰陽師としては大失態である。
「明姫様は?」
安倍家の当主は明姫だ。
「その…、今夜のご当主様は旦那様と出掛けられておりまして…。」
明姫は忠とデート中だと家政婦が言う。
明も業平も血の気が引く。
「直ぐにお客様をこちらへ通して…。」
「お酒とお料理の手配も…、いいえ、知り合いの料亭に連れて行く方がいいかしら?」
「いや、とりあえず酒の用意を…、古澤さんと山崎にも協力して貰って街中から酒を買って来て貰うんだ。」
蒼と名乗った客…。
間違いなく竜王だ。
つまり東の青龍であり、玄武と同じ四神となる。
その四神の中でも、特に天帝に近い存在であり、神の中の神といえる存在が自ら人界にまで降りて来てる。
「悪いが、上がらせて貰ったぞ。」
家政婦の後ろから冷めた男の声がする。
「「ヒィッ!」」
明と業平が固まる。
一見すれば、眼鏡を掛けダークなカラーのスーツを着た銀行マンのような普通の男に見えなくはない。
オールバックにした髪はきっちりと整っており、男の神経質さを物語っている。
そして目…。
金の瞳は天帝の明かし…。
その金の瞳に次ぐ能力を示す黄色い瞳が眼鏡の奥からギラリと光り、明達を見下ろして来る。
龍は全ての蛇の王…。
今の明と業平は、まさに蛇に睨まれた蛙の気分をたっぷりと味わう事となった。




