自主退院
大きな手が明の頭を撫でる。
『よくやったな。明…。』
これはいつものお爺さまの手だ。
明はそう思うと安心して眠りに落ちる。
寝息を立てる明を悠一が抱き上げる。
「良かったね。」
動かなくなった玄武を明の手に握らせる山崎が悠一を冷やかすように言う。
「死ぬかと思った。」
悠一が泣きそうな顔をする。
「それって大袈裟じゃない?」
「いや…、明に何かあれば俺は明菜に殺される。」
「明菜さんって明ちゃんのママ?」
「まぁな…。」
いつも言葉が足りない悠一が少し笑う。
「立てるか?」
一応は意識がある業平に聞く。
「なんとか…。」
致命傷はなくとも出血量は多かったらしく、貧血気味の業平の顔色は悪い。
首都で待つ明姫には悠一が連絡した。
塾を震源地とする地震が発生した為、周辺道路が崩れたという理由で地元警察による道路封鎖が始まる。
それでも、駆け付けるのに後3時間はかかる。
陰陽局からはヘリコプターによる救出部隊が派遣されるとは聞いたが、それも2時間以上かかるだろう。
「寮は無傷だ。巨乳の姉ちゃん達もそこに待機させてるから、ヘリが来るまではそこで待つぞ。」
悠一が明を抱えて歩き出す。
山崎はやれやれと、満身創痍の業平に肩を貸して悠一の後を追う。
この塾の閉鎖が決定した。
道路封鎖が終わる頃には跡形もなく消えているはずだ。
全ては闇に葬られる。
そして…。
明が目を覚ましたのは、2日後の事だった。
「おっ?起きた起きた。りんご…、食べる?」
何故か明が寝かされていたベッドの横で山崎がりんごの皮剥きをしており、ナイフに突き刺したりんごの欠片を明に向かって差し出して来る。
「あぎら~…。」
山崎とは反対側からベッドにしがみつく悠一が大量の鼻水と涙を流して叫んでる。
「2人共、ずっと居たの?」
「そりゃ、古澤さんが離れようとしないもん。」
「キモ…。」
2人に寝顔を見られ続けたとか気持ち悪くて堪らない。
どう見ても明が居るのは病院の病室である。
明の白い腕には点滴の針が刺さってて動くには管が邪魔だなとか思ってしまう。
「ここは?」
「安倍家の病院、明ちゃんは起きたら帰れるよ。」
古都にある安倍家所有の病院の事は知っている。
陰陽師の仕事では、怪我は勿論の事、毒や疫病に侵される事も少なくはない為に、自由に使える病院を所有してるのが当たり前だからだ。
「他の人は?」
素直に業平は?とは聞けない。
「美里ちゃんと楓ちゃんなら無事だよ。今は古都の安倍家に居るよ。」
「2人がこっちに居るの?」
「詳しくは本人達に聞きなよ。」
山崎が勿体ぶった言い方をする。
「陰陽局は?」
「浅桐ちゃんなら脳震盪だけだったから、昨日の検査が終わり次第、おばあちゃんを憑けたまま帰ったよ。」
「そんな事は聞いてない。」
「鬼斬り姉さんは背中を20針も縫ったんだって…、傷跡が残らないように整形の手術を施したから抜糸まで2週間はかかるらしいよ~。」
「鬼斬りには興味ない…。」
明の手がフルフルと震え出す。
「気になるなら自分の目で確かめれば?」
ニヤニヤと意地悪に笑う山崎。
「自分の目って…。」
苛立って点滴の針を自分で抜く。
ベッドから降りた明に山崎が執事のように礼儀正しく頭を下げて病室の扉を開けてくれる。
「業平もここに居るの?」
不安が過ぎる。
山崎が黙ったまま隣の病室を指差す。
急ぎ足で廊下を歩き、山崎が指差した病室の扉を一気に開く。
業平は明よりも重症だった。
明を保護する為に全霊力を明に注ぎ込んだ。
もしかすると業平はまだ意識が無いのかもしれないとか考えると胸が苦しくなって来る。
「なりっ!」
扉が開くと同時に明が叫ぶ。
明が居た病室と似たような病室。
VIPルーム仕様の病室にはキングサイズのベッドが有り、その周りをグルリと若い看護婦達が囲んでる。
「ほら、遠慮はいりませんからぁ。」
6人は居る看護婦達が甘ったるい声を出している。
「私達~、慣れてます。」
「これがお仕事なんです。大人しくして下さい。」
2人が業平を押さえ付けて、後の2人が無理矢理に業平のパジャマを脱がせてる。
残る2人は尿瓶とタオルを構えてて
「出すものをしっかりと出して、身体を拭けば、気持ちいいですよ~。」
とか言ってる。
「尿瓶とか要りません。自分でやりますっ!病室から出てって下さいっ!」
業平の叫ぶ声がする。
山崎がゲラゲラと笑ってる。
「帰る…、私の着替えと車の用意をして…。」
明が踵を返すと業平が気付いたらしく
「明っ!俺も帰るから…、明~。」
と叫ぶ。
肋骨が3本折れ、全身に裂傷を受けた業平の本来の診断は全治2ヶ月だが、明の怒りを治める為に2日で自主退院という道を選ぶ事となった。




