痴話喧嘩
「業平様っ!」
塾長室を出た業平に由利香が声をかける。
意識を取り戻した浅桐が肩で由利香を支えながら塾長室へ向かったのだが、由利香の胸にぶら下がる2つのメロンが邪魔をして、なかなか進めないところだった。
「渡邊、無事か?」
「私なら大丈夫ですわ。」
浅桐を手放し、業平の腕にすがろうとする由利香をスルーする業平が浅桐に向かって
「浅桐、渡邊を連れて中庭の方へ逃げろ。古澤さん達がこちらへ駆け付けてるはずだ。そっちと合流して、速やかにここを離れろ。」
と命令する。
「了解です。」
頷く浅桐だが、納得がいかない由利香は
「私は業平様と行きますわ。」
と騒ぎ出す。
「俺は明と玄武様と共に鬼を祓う。」
「でしたら私が鬼を斬ります。鬼堕ち寸前の小娘など信用がなりません。」
「命令に従え。従えないなら渡邊は秘書から外す。」
「業平様っ!」
一応は幼なじみ…。
ある程度は由利香の我儘を許して来た業平の言葉にショックを受ける。
「時間がない。早く行け。」
業平が由利香を突き放す。
諦めた由利香はキッと明を睨み付ける。
「もしも、また鬼へ堕ちるようでしたら、今度こそ私が斬りますわよ。小娘…。」
由利香は明を信用していない。
不安定なままの明の存在そのものが許せないという気持ちが由利香から伝わって来る。
「お生憎様、酒呑も私もアンタみたいに弱っちい鬼斬りに斬られたりはしませんから…。」
アカンベーと舌を出した明が、はしたなく由利香を挑発する。
「何ですって!?小娘の分際で…。」
「なんなら、鬼と一緒に祓ってあげましょうか?」
業平が喧嘩する2人の頭を押さえ付ける。
「時間がないと言ったよな?俺はちゃんと命令を下したよな?馬鹿なのか?お前ら2人は馬鹿なのか?」
久しぶりに業平が本気モードでキレてるのがわかる。
由利香が引き下がり
「業平様…、ご武運を…。」
とだけ言い残し浅桐と立ち去る。
フンッと鼻息を荒くする明はまだ子供だ。
「いちいち渡邊に絡むな。」
「いちいち、鬼斬りを庇うくらいなら鬼斬りの番になればいいじゃん。」
「そんな事する訳ないだろ?」
「なんでよっ!」
「なんでって…、わかるだろ?」
「全然、わかりませ~ん。」
口喧嘩をしながら中庭とは反対側にあるグランドへ向かって走る。
『…。』
巨大な亀が冷たい視線を業平と明に送る。
「玄武様。」
業平が玄武の前へ駆け寄ろうとすれば
『儂の後ろ側へ回れ、小僧。』
と不機嫌ながらも返事をする。
「玄武様?」
玄武の不機嫌の理由がわからない明。
『お前さんら2人は真面目にやる気があるのか?』
「あるわよ。当然でしょ。」
『なら、あれを見てみい…。』
巨大な亀が顎しゃくる先に翼まで生えた新が居る。
2階建ての校舎の屋根に近い高さで飛び、隙を見ては巨大な玄武に大気の渦を叩き付けて攻撃を繰り返す。
玄武の前では幾つかの壁が現れては渦とぶつかっては消滅するが繰り返される。
「本当に邪魔な亀だなっ!」
新が苛立ちを見せ始めてる。
『儂もそろそろ限界じゃて…、なのにお前さんらは悠長に痴話喧嘩をしとるとか…。』
グダグダと玄武の説教タイムが始まった。
昔、面白半分に酒呑が居る前で玄武を呼び出した時の記憶が明の中で蘇る。
(あの時の玄武様は写し身だったのに正座をさせられて3時間も叱られたわ。)
今は本体。
とんでもない説教を喰らう前にこの問題を解決しなければと明が焦る。
「痴話喧嘩じゃないもん、玄武様、そもそも業平が…。」
「俺のせいかよ?」
『黙らっしゃーいっ!』
鼓膜が破れそうな声が頭の中へ直接流れ込む。
玄武が首をブンブン振って怒りを露わにする。
最低最悪で最強の陰陽師である2人を従えて厄災級の鬼と戦わなければならない状況とか、玄武は何故自分が明の呼び出しに応じてしまったのかと後悔が過ぎった。




