業平の独り言
「業平さん…。」
明が立ち去った後は針のむしろだと業平は思う。
「明姫様…、申し訳ございません。」
安倍家当主には頭を下げるしかない。
「少し…、明と話し合います。」
部屋へ戻った明を追うために業平も立ち上がる。
明姫がため息を吐く。
葛木家という安倍家に次ぐ名家のサラブレッドである業平だが、どうも女心に対して鈍すぎるというのが、業平に対する明姫の評価だ。
そんな明姫の評価をひしひしと感じる業平は明との良好な関係を築きたいとは願ってる。
初めて明と出会ったのは、業平が古都の大学に入った年だった。
首都に居を構える葛木家なのに、古都の大学へ行くように強く推したのは業平の父親だ。
業平には兄が居るが、陰陽師としての才は全くない。
平凡な兄と違い、3歳で才を発揮した業平は葛木家の期待を一身に受ける身となる。
古都の大学在学中は安倍家が業平を預かるという条件の元、業平が18歳、明が10歳での出会いだった。
その頃の明は、まだ無邪気な側面が有り
『なり兄♡』
と甘えた声で業平にまとわりつく事が多かった。
母親も父親も居ない、この広い屋敷で小さな明が業平に懐く姿は誰もが微笑ましいと感じていた。
業平もそれは同じで、自分に臆する事なくじゃれついて来る明を心底より可愛いと思ってた。
明の宿題などマメに面倒をみてやり、休日は明の好きなところへと連れ歩いた。
その平和な時間が壊れたのは、業平の大学卒業が決定した頃だった。
安倍家の居間で業平の父、葛木 正平と共に、明姫が業平の帰りを待っていた。
『明様とお前の縁談が纏まった。』
大学から帰ったばかりの業平に正平が言う。
明姫の後ろでは、まだ中学生の明が正座して俯いてる。
『ご冗談ですよね?だって明は…。』
まだ子供…。
そう言いかけて口を噤む。
明から、痛いほど刺さる視線を受けたからだ。
別に、業平は明が相手で不満はない。
寧ろ、可愛い明と番う事が出来るのならば、自分から明姫に頭を下げる覚悟もあった。
ただ、明のためだった。
まだ中学生の明に未来の道を狭める選択肢を自分が与える事になるのが怖かった。
俺は明に選ばれたい。
親や当主に決められた形で明の気持ちを無視したくないと思ってた。
狼狽える業平に追い討ちをかけたのは明だ。
『そうですね。業平さんには、荷が重いお話ですね。ご心配なさらずとも、私の相手は私が決めます。誰にも文句を言わせない能力をお持ちの方を…。』
未熟なのは明でなく業平だと言われた。
安倍の当主を守るための夫…。
明の母、明菜は葛木家からの縁談を断り、名家出身では無い一般異能者の悠一との結婚を望んだ。
明菜の見合い相手になるはずだった正平の弟は陰陽師としては平凡過ぎた。
悠一は、普通の家庭で生まれ育った突然変異の異能者。
それでも、当時の陰陽師の中ではトップクラスの異能者だった。
明も母と同じように、例え名家でなくとも能力の高い夫を選ぶと業平に宣言した。
その宣言に凹んだのは業平…。
誰にも負けない力を持つのだと必死に鍛錬を繰り返す日々が続く。
「俺が明を守るんだ。絶対に他の男にはやらない。」
そんな独り言を呟く業平は、重い足を明の部屋へと運んでいた。