安倍家の当主
「お風呂は今、業平さんが使ってるわ。貴女は夕飯のお食事の用意を手伝いなさい。」
家に帰るなり、明は不機嫌な祖母にそう言われた。
(チッ…、居候のくせに…、一番風呂とか有り得ない。)
悠一に買わせた荷物を部屋に置き、祖母の手伝いをするためだと、渋々だが台所へ向かう。
祖母には逆らわない。
現安倍家当主は祖母だ。
安倍 明姫…。
明の母である明菜の母で、今尚、現役最強の陰陽師と云われる人だ。
逆らえば、明日からの明のお小遣いが0になる。
明が一人前になり、当主にでもならない限り、祖母の言いなりになるしかない。
いや、当主になっても陰陽師界の女帝、明姫には逆らえないままだろう。
食卓に明姫が手際よく料理を並べる横で、明も茶碗によそったご飯を並べてく。
「お風呂…、お先に頂きました。」
よく通る落ち着いた低めの男の声がする。
スラリとした長い脚…。
160cmはある明がわざわざ見上げなければならないほどの長身…。
紺色の着物を着流しで着てるが、だらしなさは全く感じさせない。
まだ少し濡れたままの髪を軽く片手でかき揚げると、整った顔立ちが更にハッキリと浮かび上がる。
古都に相応しい美男…。
葛木 業平、肩書きは陰陽局、局長補佐という若手のエリートであり、安倍家での肩書きは明の許嫁となる。
そんな業平に対し明がフンッと顔を背けると、業平はやれやれと肩を竦めて上座へ座る。
本来ならば当主である明姫が座るべき場所だが、表向きは業平が主という体裁を取る。
従って、業平を挟むように明と明姫が座り、静かな夕食が始まった。
いや、静かなのは始めだけだ。
「明…、学校へ行く準備は進んでますか?」
祖母の鋭い視線が明に突き刺さる。
来週からは学校が始まる。
「ええ、お婆さま。つつがなく…。」
良家のお嬢様としての振る舞いは慣れたもんだと明は淑やかな笑顔で答える。
「ほぉ…、明は今日の昼間…、古澤さんと河川敷に居たと思ったが…。」
祖母の神経を逆撫でるように業平が嫌味を言う。
(チッ…。)
明の心が舌打ちする。
昼間、廃工場に居た陰陽局の人間は間違いなく業平だ。
しかも、安倍家ではタブーとなる悠一の話を持ち出して明を牽制する。
「古澤と…。」
例え、父娘でも会う必要があるのか?
それを問う明姫の目が光る。
それは獲物を捉える獣の目だ。
安倍家当主を守る為の存在が婿養子。
悠一は次期当主である明菜を守れなかったダメ婿の扱いになっている。
「学校で必要な物を買ってくれると言うから、利用したまでです。」
しれっと明は明姫の疑問に答える。
父娘として会った訳でなく、安倍家に仕える陰陽師として利用したのだと強調すれば、明姫も仕方ないと目をつぶる事を明はわかってる。
わかってないのは業平だ。
「買い物だけならば、陰陽局が当たる事件現場を監察する必要などないだろう。」
陰陽師として未熟な明が陰陽局が携わる事件に首を突っ込むなと言いたいのだ。
「悪かったわね!たまたま桜が見たくて通りかかっただけよ!アンタが居るから気分悪くなって、すぐに帰ったわよ!」
業平の子供扱いは、もう十分だ。
これ以上はお腹がいっぱいだと明は食事の席を立ち、自分の部屋へと立ち去った。