ドレスコード
「明…、入るぞ。」
無事に南の島を脱出した業平は明の客室の扉をノックしてから扉を開けた。
陰陽局…、厳密に言えば明姫が手配したと思われる帰国手段は貸切の豪華客船…。
島での事件解決の労いの意味も含まれてるのだろうが、本来は5000人の乗客が乗れる船をたった11人で貸切にされても落ち着かないだけだ。
しかも乗務員は通常体制だと聞いた業平は、肩身が狭い二泊三日の憂鬱な旅にしか思えない。
夕方に出発した客船…。
初日のディナーは正装でと案内があった為、一応はスーツに着替えた業平が明を迎えに来たのだが、扉の向こう側を見た瞬間に業平は言葉を失った。
「おかしくない?」
振り返る明が照れたように笑う。
「あ…、あぁ…。」
どう答えるべきかわからない。
そこには業平の知らない女性が居るとしか思えない。
肩まで伸びた髪は結い上げられて美しい首には真珠のネックレスが光ってる。
パステルミントのカクテルドレス…。
いつもより踵が高いヒール…。
普段から見る薄いメイクではなく、ハッキリとしたメイクを施された今の明は大きな瞳がより大きく長い睫毛がより長く感じて、どこに目線を合わせれば良いかわからなくなる業平が目を泳がせる。
「ちゃんと見てる?」
「見てる見てる…、お嬢様…、お手をどうぞ。」
目線は合わせられないが、エスコートはしなければならないと業平が肘を出せば、不満気ながらも明が業平の腕に手を添える。
客室の廊下では忠と森下がタキシード姿で待っていた。
1等船室の更に上の階にある特等船室を使うのは、この4人だけ…。
「忠の孫娘とは思えないほどの美人だなぁ。」
元教授の森下が大学の学生でも、これだけの美少女は居ないと褒め千切る。
「教授、ありがとうございます。」
お嬢様キャラには慣れっ子の明は優雅にドレスのスカートを指先で摘んでお辞儀をする。
(業平も、このくらい口が上手ければいいのに…。)
エレベーターに乗り込む明は、そんな事を考える。
「明~、びゅーてぃふぉー!えれがんとぉ!ふぁんたすてっく~!」
エレベーターが目的の階へ着き、明の姿が見えたと同時に明の父、悠一がうるさく叫ぶ。
「あー、うるさい…。」
毛虫を見るような目付きで悠一を睨む。
悠一の後ろに居た男と目が合う。
「うんうん、馬子にも衣装?明ちゃん、可愛い~。」
山崎の言葉にもうんざりする。
(むしろ業平は口下手でも良いかもしれない。)
僅か1分で考え方を変える羽目になる。
「業平様ぁ…。」
真っ赤なドレスに包まれた由利香がドレスの裾を引き摺って駆け寄る。
「渡邊は忠様のエスコートを…、浅桐は森下教授を頼む。」
業平の命令が不満な由利香は、すぐに明を睨み付ける。
「小娘のエスコートなど、あのちんちくりんがすれば充分ですわ。業平様。」
山崎を指差し業平に抗議するが
「彼らはゲストだ。」
と業平が言う。
彼らとは悠一と山崎を意味するのだろうが、明に勝手に付いて来ただけの人間に陰陽局が気を使うとか有り得ないと思う。
一方、浅桐と呼ばれた女性は地味な黒いドレス姿で黙ったまま、森下の後ろへと回り静かに寄り添う。
彼女は陰陽局の平局員。
由利香以外で業平に付いて来た部下は3人…。
基本、平の局員は黒のスーツに黒のネクタイにサングラスと如何にも怪しい組織の人間ですを醸し出すので南の島でも随分と浮いた存在だったし、山崎からも
『もしかして記憶を失くす銃とか持ってる?』
とからかわれ続けていた。
そんな地味で変な女性局員が浅桐なのに忠で不思議に慣れっ子の森下は違和感を感じてない。
「森下教授は陰陽局の事は理解してるの?」
小声で業平に聞いてみる。
「いや、もしやCIAなのかとは聞かれたけど…。」
業平が遠い目になる。
謎の局員に貸切の豪華客船…。
普通ってなんなのかが段々と理解出来なくなる明が忠と仲良くため息を吐いた。




