助手
「免許…、いつ取ったの?」
恐怖に頬を引き攣らせる明が悠一に聞く。
祖父の喫茶店の正面に、この辺りでは見かけない小さな赤い軽自動車が停まっているからだ。
父親であるからこそ、明にはわかる。
悠一は極度の運動音痴と方向音痴であると…。
黙って立っていれば、垂れ目優男でイケおじとか言われる悠一だが、お使いを頼んだら3日は帰って来ず、料理をさせれば台所を爆発させる男だ。
そんな人間に運転免許を与えたとすれば、この国はすぐに滅びると明が怒りのオーラを放つ。
「やだなぁ…、パパが明の嫌がる事なんか、する訳ないじゃん。知り合いから、ちょっと頼まれて新しい助手を雇ったんだよ。」
背後から明の両肩にポンッと両手を乗せた悠一が軽自動車の方へ早く乗れと押して来る。
運転席で20代くらいの若い男が不貞腐れた顔でハンドルに頭を乗せたまま、悠一を睨んでる。
(頼んだ知り合いとは陰陽局か?悠一を一人でフラフラさせるとろくな事にならないし…。)
運転席の男と目があった。
割と好青年ではあるがモテるタイプとは言い難い。
「いつまで待たせんですか?古澤さ~ん。」
おかしな古都訛りを使ってる。
(間違いなく陰陽局から来たお目付け役だ。)
それを確信した明は、明と一緒に狭い後部座席に乗り込もうとする悠一を助手席に押し込み、遥と後部座席に乗り込む。
「どっちが古澤さんの娘さん?俺、山崎 浩司、よろしくね~。」
「私は娘さんじゃありません。」
「私も違います…。」
「可愛い方がうちの明だよ~♡」
狭い車内がやたらとうるさい。
山崎が色々と聞きたがるので、遥の依頼内容の情報が事細かに明へと伝わる。
行方不明になったのは、白石 優花。
遥と同じ大学で、ルームシェアした1人だ。
遥は地方から出て来たばかりで、女子専用シェアハウスを借りる事にした。
借りたのは4人…。
全員が同じ大学の同じ1回生。
個人の部屋は4部屋。
玄関、キッチン、リビング、風呂、トイレが共同になる。
4人は似たような地方から来た女子ばかりで、すぐに意気投合し、一週間前、4人で買い物がてらの散歩に出かける事にした。
夕刻という時間帯。
夕食の買い物を済ませ、桜並木がある川沿いの道を散歩中に廃棄された工場跡を見つけてしまった。
『ちょっとだけ肝試ししない?』
『まだ春だよ。肝試しには早くない?』
誰が言い出したか忘れたが、廃工場の敷地を1周しようという流れになった。
廃工場の中にも立派な桜の木が何本かあったからだ。
日が完全に落ちた。
『やだ…、アレ…!?』
誰かが叫ぶ。
ボロボロの工場…。
割れた窓ガラスの向こう側に、白く光る人の姿がユラユラと揺れている。
『『いやぁぁぁ!やだ!来ないでー!』』
叫び声が響き、遥達4人は一目散に走り、シェアハウスまで逃げ込んだ。
『ねぇ…、優花は?』
4人の中で一番走るのが遅かったのは遥だ。
その遥がシェアハウスに着いてるのに、優花の姿が見当たらない。
そのうち帰って来るだろう。
そう思っていた優花は、一週間経った今も姿が消えたままだった。