バラの香り
「…。」
明は部屋に入るなり無言で業平を睨み付けるしかなくなった。
「誤解だ!俺が手配した訳じゃない!」
業平はひたすら言い訳をする。
スィートには違いないコテージ…。
広いリビング。
ダイニングだけでなく本格的なキッチンまで付いてる。
リビングの全面ガラス窓の向こうにはプライベートのプールが有り、その更に向こう側はオーシャンビューとなるホテルで一番のロイヤルスィート。
問題は寝室が一つ…。
ピンク色の天幕が付いた巨大なキングサイズダブルのベッドには、ご丁寧にバラの花弁が散りばめられており、寝室に隣接するシャワールームは全面ガラス張りで中は丸見え状態だ。
「ホテルの部屋は陰陽局の手配よね。」
こめかみに青筋を立てる明が業平に更に詰め寄る。
明らかにハネムーンスィート…。
それを陰陽局が手配したとか有り得ない。
「これに関しては…、明姫様の手配だと思う…。」
明の怒りが怖くて白状する。
「ここで業平と契れって!?」
「だから、俺が他の部屋に行くから…。」
「行かなくていいって言ってるでしょ!」
「なら俺はソファーで寝るから…。」
業平なりに気を使ったつもりだが、明の表情はどんどんと曇りがちになって来る。
「業平は…、お婆さまの命令だから契るって事?本心じゃ私となんか寝たくないって事?」
とうとう壁際まで業平を追い詰めた。
「そんな事は…。」
明が直視出来ず、目を逸らして答える。
それが、ますます明の逆鱗に触れたらしい。
「お婆さまの命令なら、結婚相手なんか誰でもいいんでしょ!私じゃなくても業平は…ウグッ!?」
その後は言葉に出来なかった。
さすがの業平も明の一方的な言い分を聞いてる場合じゃないと悟り、明の口を手で塞いだのだ。
「いいか、よーく聞け。明姫様の命令なんか関係ない。俺はお前の事が…。」
好きだから婚約に応じた。
たった、それだけの事を伝えるだけだが長い付き合いとなる関係だと、異常なほどに照れくさい。
気を取り直して息を吸う。
「俺は…、お前が…。」
「私が…、何…。」
業平の手を除けて明が問う。
真っ直ぐな瞳が業平を射抜く様に凝視する。
それが業平には更なるプレッシャーとなり
(俺はちゃんと、明姫様の命令じゃないとは伝えたのだから察してくれないかな?)
と腑抜けた考えまで浮かんでしまう。
「私が何?」
「明が…、その…。」
これ以上はダメだと、長い付き合いだからこそ明は知っている。
一度、腑抜けた業平は明が問い詰めれば問い詰めるほど逃げ回るだけだ。
「業平、目と口を閉じて。」
「へ?」
「いいから閉じて!」
根性無しの業平は、素直に明の言葉に従う。
生暖かいものが業平の唇に押し付けられた。
フワリと柔らかな香りが鼻の下に抜ける。
明がいつも使うリップの香り…。
バラの香りがするのだと明のお気に入りのコスメの香り。
柔らかな唇の感触が失くなり、ゆっくりと業平が目を開けるとそこにはもう明の姿はなかった。
「明…。」
ここまで来て…。
自分の甲斐性と根性無しに、業平が愕然とする。
業平のファーストキスは17歳の女子高生に壁ドンされた挙句に奪われたのだった。




