丸聞こえ
「誰が何と戯れてるって?」
聞き慣れた声に驚く明が山崎を突き飛ばす。
「なり…。」
明のコンパートメントの入口に立つ業平が、かなり不機嫌であるのは誰の目から見ても明らかだ。
「あ~らら、陰陽のお兄さんまでこっちに来ちゃダメじゃん。古澤さんの面倒は誰が見てんのよ。」
ビジネスクラスで問題児の悠一が野放しだと山崎が業平の行動を試すような言い方で挑発する。
山崎の挑発など痛くもない業平は
「それは、お前の仕事だろ?俺の席は始めから明の後ろだし、ビジネスクラスのお前がここに居る事自体に問題がある。航空会社に訴えられる前に自分の席へ戻れ。」
と山崎を追い払う仕草をする。
「私の後ろの席って…。」
コンパートメントタイプの席は4つしかない。
明と忠は前の2つ。
後ろのコンパートメントタイプの席に業平がずっと居たとか信じられないと思う。
「また遊ぼうね。明ちゃん。」
やってられないと山崎がファーストクラスのエリアから出て行く。
「だったら夕食の時にでも…。」
言ってくれれば忠と3人で食べたと明が業平に唇を尖らせて責める。
「コンパートメントとはいえ狭いし、忠様とゆっくり食事がしたかっただろうから…。」
「でも…。」
「でも、デザートはまだだろ?明の事だから映画でも観ると思ってたし、忠様は甘い物は食べないはずだから、デザートの時間は譲って貰う事になってたけど…。」
「そういう事は先に言ってよ。」
「なら、デザートは食べないのか?」
「食べるわよ。」
いつまで経っても子供扱いをする業平にイライラする。
確かに業平は仕事で来てるので通常の予算は公費扱いだが、忠の護衛という事で安倍家から業平の分の追加予算が別に出てるらしい。
「だから、俺だけ飛行機とホテルは局の人間とは違う扱いで明と同じにしてある。」
由利香達とは別々だと業平が説明する。
それに、今回、局から派遣されているのは由利香だけでなく、陰陽局からは他の人が3人も来てるという。
「随分と大掛かりなのね。」
「詳しくは、ホテルに着いてからな。ここでは話す事も出来ないし…。」
コンパートメントの壁から引き出すテーブルをセットしてから業平がアテンダントを呼び、デザートと飲み物を注文する。
コンパートメントとはいえ話は丸聞こえだと、業平が眉を顰める。
「頼りない俺より、あいつの方がいいのか?」
さっきの山崎との会話は業平に筒抜けだ。
(わざと聞かせたの?)
山崎の口ぶりだと、悠一は明が業平より山崎を選ぶと思ってるみたいな言い方だった。
「別に…、山崎なんかどうでもいいけど、あの人の助手だし、うちの学校のアルバイト教員だし…。」
明が関わりたくなくとも関わってしまうのだと言い訳がましい事をモゴモゴと答えてしまう。
そもそも、なんで私が責められるの?
業平だって、あの鬼斬女と常に一緒に居るくせに…。
口を開けば、そんな文句しか出て来ずに、また業平との溝が深まるだけだとわかってるから無言になる。
「やっぱり、映画は止める。今日は疲れたから…、早く寝たいの。」
重い沈黙に耐えられないと明から業平を突き放す。
「じゃあ…。」
突き放したはずの業平の手がスッと明に寄って来た。
あっという間に業平の懐へと引き寄せられた明が耳まで真っ赤になるほど鼓動が激しくなる。
明の髪に業平の高い鼻が埋もれていた。
「明が寝るまで…、俺が居る。明だけは他の奴に触らせたくないんだ。」
まるで駄々っ子だと業平自身が一番よくわかってる。
山崎には能力的に勝てない。
それでも明を守れる男は自分だけだと思いたい。
その気持ちを無理矢理に明に押し付けてしまった。
後悔先に立たずというが、山崎に対する嫉妬心をひたすら後悔する業平だった。




