機内ではお静かに
「機内食も悪くないね…。」
コンパートメントタイプのファーストクラスで明と2人で食事をするのは忠だ。
「でも、お爺さまの作るご飯の方が美味しいわ。」
幾ら、豪華であっても所詮は機内食。
こだわりの強い忠の料理の腕前は星がついてもおかしくないレベルである。
「この後は?」
「自分のコンパートメントに戻って、映画でも観て寝るわ。」
少し明が寂しそうに笑う。
ファーストクラスに居るのは忠と明だけだ。
当初、明姫は忠の為にと政府高官が使うチャーター機を用意しようとしていた。
そんな事をすれば、行った先の国に混乱を招きかねないとチャーター機はキャンセルし、出来るだけ忠がゆったりと寛げるファーストクラスを選んだ。
だが、公費でついて来る業平や自費でついて来る悠一はコンパートメントタイプのファーストクラスなんかに乗れるはずがなく、それでも、それなりにランクが高いビジネスクラスに乗ってる。
(しかも、あの女と…。)
モヤモヤする明の表情が曇る。
「退屈なら、業平君に来て貰うかい?」
明の気持ちを察した忠が気遣う。
明達は南半球に浮かぶ島へ行く。
時差は3時間程度で済むが10時間のフライトとなるので、夕方に飛び、朝に現着する飛行機を選んだ。
「必要ないわ。」
明が淋しく笑う。
業平は仕事で来てる。
一応は忠の護衛が業平の任務。
あの鬼斬りが居ても居なくとも、その状況は変わらない。
きっと、明が業平と夫婦になっても越えられない一線が存在して明は苦しむ事になる。
それが安倍家当主という立場であり、明姫と忠が離れて暮らす理由なのだろうと明は薄々と感じている。
気丈に唇を結ぶ孫娘を不憫だと思う忠。
明だって年頃であり、明姫や娘の明菜のように自由恋愛で結婚相手を決める事が出来れば、まだ良かったのにと思う。
業平との関係は家同士の話を明に押し付けた形になってしまった。
せめて、明が業平と家柄とは関係なく自由恋愛を楽しめればと忠なりに応援してるのだが、明の父親である悠一がそれを認めようとはしない。
「それでは、お爺さま。おやすみなさい。」
そう言い残して明が忠のコンパートメントを退出する。
忠のコンパートメントとは通路を挟んで隣になる自分のコンパートメントの簡易扉を開き、固まる明。
「何やってんのよっ!」
「シーッ…、機内ではお静かに…。」
椅子をフラットにした山崎が明のコンパートメントで寝そべり、映画を観てる。
「だから…、何故…、ここに居る。」
山崎からヘッドホンを取り上げた耳を指先で強く摘み、声を潜める明が言う。
「痛いよ~。明ちゃん。」
「アンタはビジネスクラスでしょ。」
「でも、明ちゃんの彼氏だって言えば、アテンダントさんがここまで案内をしてくれたよ。」
「…っ!?」
彼氏って…。
山崎とそんな関係になった覚えはない。
なのに山崎は余裕を見せてニヤリと笑う。
「実力があればいいって古澤さんが言ってたからね。あんな頼りない許嫁なんかやめて、俺にしときなよ。」
明の腕を掴み無理矢理に引き寄せた山崎が明の耳元で、そんな事を囁く。
「誰がアンタなんか…。」
「ふーん…、明ちゃんは、そんなに巨乳ちゃんと戯れてる男がいいの?」
痛いところを突かれた明が泣きそうな顔へ変わってく。
(業平が…。)
ビジネスクラスで由利香が纏わり付いている業平しか想像が出来ない。
「俺なら、ちゃんと明ちゃんを守れるよ。」
珍しく真面目な顔で明を見つめる山崎が、知らない男に見えて不安と恐怖を感じる明だった。




