休業
「お爺さまぁ…。」
喫茶店に飛び込むなり、明が情けない声を出して忠に向かって駆け寄った。
「いつものコーヒーでいいかい?お腹が空いてるならチーズトーストでも焼いてあげようか?」
ふわりと受け止める祖父は孫娘を甘やかす。
「連休は、私もここでバイトしてもいい?」
「お小遣いが足らないのかい?」
「お金は要らない。でも連休の予定がないのよ~。」
誰もが忙しい古都で暇人なのは自分だけなのだと明が半ベソをかいて訴える。
その言葉を聞いて、いつも通りに明を待ち伏せしていた悠一がはち切れんばかりに尻尾を振る。
「明~、予定がないならパパと旅行にでも…。」
「絶対に行かない!」
幾ら暇でも悠一と旅行だなんて冗談じゃない。
明に怒鳴られて萎れる悠一。
「連休に旅行とか、何処も人で溢れてるだけっしょ。」
萎れた悠一をストローで突くのは助手である山崎だ。
「でもね、明…。」
忠がゆっくりと口を開く。
「今年の連休は、この喫茶店も営業をしない予定なんだよ…。」
忠から受けた衝撃で真っ白に燃え尽きる明…。
普段は、お客が2、3人しか来ない喫茶店。
実際、カウンターが3席に4人掛けのテーブルが一つだけという狭い喫茶店だから、午後に明が来て悠一も来れば、他のお客なんか入れない。
それでも良いと忠は言う。
忠が入れるコーヒーは、豆を厳選し、機械でなく昔ながらのやり方でローストした後、熟成までさせた特別な豆を使用する為、あまり数が出せないのだ。
忠、こだわりのコーヒーは一部のマニアにはかなりウケているので、連休中はそれなりに客が入るが豆が追いつかないと忠が肩を竦める。
「なら、お爺さまはどうするの?」
「明はまだ明姫から聞いてないのか?」
「何を?」
「私の古い友人が南の島に居てね。助けを求めてるから明と行こうと思ってたんだよ。」
陰陽局絡みの仕事になる。
明姫とは違い、既に隠居した忠は断るつもりだったが、依頼人が古い友人だった為、明となら行くという条件で明姫に打診したらしい。
「お婆さまってば、何も言わないから…。」
「局絡みだからね。全てが決定するまでは言えなかったんだろう。」
祖母の明姫は忠の事になると我を失くす。
大方、忠の交通手段や護衛やらの手配に必死で明の存在なんか忘れてたのだろう。
何はともあれバカンスだ。
「南の島って何処?」
山崎の質問に忠が
「飛行機で10時間ほど飛んで、そこからは船で2時間…、離島のそのまた離島になる小さな島らしいよ。」
とのんびりと答える。
「やべ…、ネットの電波とか絶対になさそう。」
「そうだねぇ。」
「テレビ放送も無理っすよね?」
「そうだろうねぇ。」
明が行く以上、悠一は行く気満々だが、その助手である山崎は行きたくないらしい。
「そんな島、行く意味ないよね?明ちゃん。」
明さえ行かなければ、悠一も行かないのだから山崎は助かる。
「でもねぇ…、今回の依頼は鬼絡みらしいよ。」
明に対して禁句を口走る忠。
「鬼?海外の鬼?行く、行くに決まってるじゃん。」
鬼大好きな孫娘。
忠はわかってて明を誘ったのだ。
こうして明の長い連休は、テレビもネットも存在しない未開の島行きが決定した。




