惰眠
翌日の安倍家…。
庭に面した畳以外は何も無い客間で制服のまま大の字になるのは明だ。
庭から差す木漏れ日と、廊下を抜けて来るそよ風がひたすら眠気を誘って来る。
明姫が居れば、はしたないと言って怒られるだろうが今は自分の部屋まで行く気力すらない。
あれから警察はすぐに来たが、問題の密猟者達を悠一が何処の木に括り付けたのかがわからず、当の悠一は
『多分、大体、あの辺り…。』
と山の中腹を大雑把に指差すだけで全くの役立たず扱いにされていた。
悠一も業平も帰れない以上、それは山崎と明も同じで…。
『俺と明ちゃんだけで帰ろうか?』
と山崎が打開案を出しても
『『絶対にダメッ!』』
と悠一と業平が反対する為、眠い目を擦りながら朝まで密猟者の捜索に付き合った。
どんな信頼をしてるのか、業平との朝帰りは許す明姫だが、学校をサボる事は許さない。
『しっかりと勉学に勤しむように…。』
と家に帰るなり、制服と鞄を渡されて放り出された明は寝不足のまま登校する事になる。
『ごきげんよう。明様…。お聞きになりました?今年も出たらしいのです。』
眠気を堪える明に、瞳を輝かせて話し掛けて来るのは理子だった。
『何が出たの?』
もう天狗はお断りだと、ぶっきらぼうに明が問う。
『エンジェルラダーの君ですわ。』
『エンジェルラダー?』
『ええ、昨年の三者面談の時にも現れて、数多の生徒を虜にした殿方…。その笑顔は神々しく、見た者は目も眩むという殿方が、一体、どなたの保護者なのかと学校中の噂になってましたが、今年も現れたのですわ。』
なるほど、業平の失神記録更新は明と担任の山口しか知らない話…。
他の業平目撃者は、皆が失神、もしくは放心状態にあったために、業平が誰の関係者なのかまでが突き止められてないらしい。
『しかも、今年は、あの花蓮様までもが失神なさったそうですわ。』
更に声を潜めた理子だが意地の悪い笑顔になってる。
人一倍大人しく可憐な鈴の失神を馬鹿にして来た花蓮だから、大勢の前で謎の『エンジェルラダーの君』とやらに失神した以上、鈴の事はもう馬鹿には出来なくなる。
業平の放つセクシービームなど子供の頃から見慣れてる明には、どうでも良い話題だ。
今は帰って眠りたい。
山崎の馬鹿は今日はアルバイトが休み…。
ムカつく…、腹が立つ。
救いなのは、まだ三者面談期間なので午前中で授業が終わるという部分だけ。
大好きな祖父が待つ喫茶店にすら寄らずに真っ直ぐに帰って来た。
業平はまだ帰ってない。
明姫も居ない。
春の木漏れ日に負けた明がスースーと寝息を立てた頃、やっと業平が帰って来る。
今回の天狗騒ぎに陰陽局が乗り出した以上、ハシビロコウと密猟者の警察への引き渡しは、あくまでも陰陽局からという体裁を取る為に、引き継ぎの書類作成の仕事に追われていた業平…。
当然、明と同じく寝不足であり疲れ切った身体で帰って来る。
ハシビロコウと密猟者の捕獲について表向きは陰陽局のお手柄となっているが本当は悠一の手柄。
それを考えると業平は頭が痛い。
俺は古澤さんにまだまだ及ばない。
しかも、あの山崎という助手の能力。
小石一つで悠一の結界を打ち消す呪解師の存在など聞いた事がない。
(疲れた…。)
今は何も考える事が出来ない。
自分の部屋へ行こうと廊下を抜ければ、客間に横たわる明が見える。
まだ制服のままだ。
「風邪ひくぞ…。」
明に自分の上着を掛けてやる。
そっと明の手を握り、その手の平を自分の口元へと当ててみる。
(暖かい…。)
気が緩む業平が睡魔に負ける。
明姫が帰って来るまで、明を抱きかかえるようにして小さな幸せを感じる惰眠を貪るだけだった。




