運転手
「北山の天狗?ちょっと騒がれ過ぎじゃない?」
忠の喫茶店でつまらなそうに言う山崎。
「なんで、アンタがここに居るのよ…。」
学校帰りの安息時間を学校関係者である古典の教員に邪魔されるとか許せない。
「え~、明ちゃん...、最近、ご機嫌が斜め?」
「アンタが近く居るからね。」
「そんなに俺の事、意識してくれてんの?」
「んな訳あるか!」
コーヒーサイフォンを火にかける忠が
「北山の天狗ってなんだい?」
と明と山崎の会話に割って入る。
「最近、学生が騒いでる噂っすよ。都市伝説みたいな?北山の辺りに天狗が出るって...。」
噂というものは、暇な喫茶店には届かない。
「天狗?そりゃまた、くだらない話だねぇ。」
忠が呆れたように言う。
古都には天狗伝説が残る山が実在する。
かの義経公が幼少期に過ごしたと云われる山だ。
だからといって、義経は天狗に育てられ立派な武の達人になり最期はモンゴルに渡ってチンギスハンとなりましたなんて迷信を本気で信じる人は誰も居ない。
それでも新たな天狗伝説は北山で生まれてしまう。
噂は暇な人間にも届かないらしく。
「北山の天狗?明は天狗が欲しいの?パパが捕まえて来てあげようか?」
と天狗なんか存在しないとわかってる悠一が言う。
(鬼なら喜んでお願いしますだけど...。)
悠一に余計な事をされても面倒なだけになる。
「天狗なんか要らない。それより、お爺さま、明日は大丈夫?」
明日は、いよいよ三者面談。
「運転手の園田さんがお爺さまをここまで迎えに来てくれるから。」
「うん、わかった。」
忠は喫茶店の二階に住んでる。
安倍家が所有する広くてセキュリティの良いマンションや一軒家があるのだからと明姫が色々と心配をするが忠は今の方が楽だと、狭い二階住まいを楽しんでる。
それより、不安なのは運転手の園田だ。
園田は一卵性双生児。
糸のように細い目に眼鏡をかけていて、ほとんど表情がないのというのに、そんな能面のような顔を持つ人間が2人も居る。
長い付き合いの明姫には兄弟の区別がつくらしいが、明にはどちらが兄で弟なのか全く区別がつかない。
園田兄が明姫の運転手、園田弟が明の運転手。
今は間違いなく園田弟が明の為に運転してるはずだから、家に帰る前に明日は忠を迎えに来て欲しいと園田弟に伝えなければ、混乱を招く事になる。
(伝え忘れがないようにしなければ...。)
「それじゃ、また明日ね。」
忠にそう言って喫茶店を出る。
無事に園田に明日の予定を伝えて家に帰ると
「業平さんは今夜も帰れないそうよ。」
と明姫が言う。
もう1週間も業平の顔を見ていない。
「もしかして、北山の天狗騒ぎのせいですか?」
それとなく明姫に探りを入れてみる。
陰陽局から、業平に関する何かしらの話だけは明姫の元へ来てるはず。
「さぁ...、私は知りませんよ。」
明姫が白を切るから、これ以上は突っ込めない。
たかが天狗...。
そんな案件に1週間もかかりっきりになってる業平は、やはり未熟者だと明は呆れた顔をした。




