花蓮のペット
「ごきげんよう...、ねぇ、明様...、あのお噂は、もうお聞きになりました?」
朝から、声を潜めた理子が明に話し掛けて来る。
「噂?」
「そう...、例の天狗の...、とうとう政府が乗り出したらしくて、銃を持った兵隊が北山のあちらこちらで目撃されているらしいですわ。」
いやいやいや...。
本物の天狗が出たのなら、政府は、まず陰陽局へ内密に状況を調べろとお達しを出す。
いきなり軍人の導入とか有り得ない。
「この古都に兵隊...。」
「天狗捕獲作戦が展開中って事かしら?」
声を潜めたつもりでも、教室中がザワつく。
「くだらないですわ。」
ザワつく教室を一掃したのは、花蓮の甲高い声だった。
「別に、くだらなくはないですわ。」
小さな理子を庇うように今日子が花蓮の前へ立つ。
「大体、今の時代に天狗とかくだらないと言ってるのです。どうせ巨大なカラスを見間違えただけでしょ?そもそも、この国に軍人なんて居ませんのに、政府がそんなくだらない作戦を行う訳がありませんわ。」
花蓮の言う事は至極当然の事。
この国は、もう100年以上も軍を持たない平和主義を貫き続けてる。
ここまでなら、花蓮が正しいと明も口を挟むつもりはなかった。
だが...。
「そういえば...、去年は犬を熊だと騒ぎ立てた挙げ句に失神までされた方が居ましたわね。」
花蓮の丸い団子鼻からフンッと荒い息が出る。
理子の隣りの席に居た鈴の顔が青ざめる。
去年の三者面談中...。
チャウチャウという犬種の巨大な犬が学校中を走り回った事がある。
最初に
『熊ですわ!あれは熊です!』
と悲鳴を上げたのはお局教員だった。
騒ぎが大きくなる中、運悪く、その巨大な犬に飛びつかれた鈴は失神してしまった。
それから、しばらく鈴は
『犬と熊を間違える、そそっかしい子。』
というレッテルが貼られ、恥ずかしい思いをした。
世の中には言って良い事と悪い事がある。
いくら、花蓮の意見が正しくとも、級友を辱めるのは別問題だと明は思う。
「そういえば...、あの肥満犬は花蓮様のペットでしたわね。だとすれば今回、天狗と言われてる巨大カラスも花蓮様のペットなのかしら?」
まさかの明の反撃に花蓮のどす黒い顔が真っ赤になり、教室中からクスクスと嘲笑が湧き上がる。
「失礼ね!うちの犬は肥満じゃないし、カラスなんか飼ってないわ。」
「あら?肥満だから獣医に連れて行こうとしたら逃げて学校中を徘徊したのだと私は聞きましたわ。」
三者面談のついでに動物病院へ連れて行くつもりが、車から逃走し、その後は花蓮のペットも学校から出禁になったと聞いている。
しかも、学校内で多大な迷惑をかけたにもかかわらず、大西親子は
『犬がやった事だから仕方がない。』
と開き直り一切の謝罪をしなかった。
(うちの業平は自分のせいではなくとも学校へ平謝りしたんだよ。)
業平と比べて態度の悪い花蓮には、どうしても棘がある言い方をしてしまう。
「ほら~、授業を始めるぞー...。」
いつの間に来たのか教壇には山崎が立ってる。
今日のところはこのぐらいで勘弁してやる。
上から目線で花蓮を見下し、次は絶対に容赦はしないと心に誓う明だった。




