ごきげんよう
「ごきげんよう。」
そこかしこから聞こえる挨拶。
今時、そんな挨拶は恥ずかしいだけとか言ってられないのが永き歴史を誇る古都で一番古いと言われるお嬢様学園での基本である。
幼稚園から短大までのエスカレーター教育。
古都で厳選された名家のお嬢様以外の学生は存在しない学園は、1学年に60人しか在籍しない小規模校のはずなのに、学園に集まる寄付は全国一と言われてる。
正門を抜ければと先ずは巨大なロータリーがあり、お嬢様達が通学に使用する自家用車がズラりと並ぶ。
車から降りるお嬢様達の第一声が
「ごきげんよう。」
なのだ。
ちなみに、この挨拶。
廊下で教員などとすれ違う時や、友人に声をかける時などにも活用され、朝夕の時間など関係なく常に
「ごきげんよう。」
と言葉が交わされる。
そんな挨拶が飛び交う中、黒塗りにされた高級車がロータリーの中央に停車する。
この車が来れば、他の車は道を譲るという暗黙の了解があり、停車した車のドアを運転手が開ける瞬間、付近に居た女学生達は息を飲む。
「園田さん、ありがとう。」
車から降りて来た美少女は小声で運転手を労う。
安倍 明…、古都でも5本の指に入る名家のお嬢様だ。
本人はお嬢様という役を演じてるくらいにしか思ってないのだが、学校を早退したり、休んだりが多い明は病弱な深窓のご令嬢なのだと、おかしな誤解を招く学生生活を送ってる。
「明様、ごきげんよう。」
教室に入るなり、明の前の席に座る二階堂 理子が声を掛けて来る。
「ごきげんよう。理子様。」
鞄から必要な教科書と筆記用具を出した明が理子に笑顔を見せて挨拶を返す。
理子とは幼稚園からの付き合いになる。
それだけ長い付き合いなのに、のんびりした性格のお嬢様である理子は未だ明の本性を知らない。
騙すつもりはないのだが、現代社会における陰陽師という身分は知られてはいけない存在になる。
ドンッと明が座る椅子に後ろの机がぶつかった。
「あらぁ…、ごめんなさぁい。今日はいらしてたのね。いつもは空席だから、ついうっかりぃ…。」
明の後ろから、甲高い甘ったるい声がする。
(あー…、うざーい。)
笑顔だった明の表情が冷めた表情へと変化する。
「ごきげんよう。花蓮様。座ったまま謝罪するのは明様に失礼ですよ。」
か弱い明を守ろうと、明よりも小柄な理子が明の後ろに向かって窘める。
「だって、わざとじゃありませんし…。」
花蓮と呼ばれた少女がフフンと鼻を鳴らす。
大西 花蓮、彼女も幼稚園から、この学園に通う学生だが、明や理子とは反目し合う仲だ。
古都で5本の指に入る名家の安倍家…。
創業1000年を越える老舗和菓子店の二階堂家…。
歴史ある名家のお嬢様に対し、花蓮は美容整形とエステで成り上がった家庭の新参者のお嬢様。
しかも、ぽっちゃり体型に丸顔、くせっ毛、団子鼻の花蓮は完全に名前負けだと言われてる。
(大西家は何故、自分の娘の整形をしない?)
そんな嫌味を影で言われ続ける花蓮は、何かと明を目の敵にしては嫌がらせを仕掛けて来る。
(あぁ…、面倒臭い…、早く帰りたい。帰ってお爺様のコーヒーが飲みたい。)
まだ一限目の授業すら始まってないのに明の儚いやる気は一気に削がれて消滅した。




