陰陽師の少女
「ふぅ…。」
まだ、湯気が立ち上るコーヒー。
温かいより、やや熱いに近いコーヒーカップを藤色のニットワンピースの袖越しに両手で挟み、一口だけコーヒーを飲み込む。
古都と呼ばれる都の片隅にある小さな喫茶店…。
祖父が入れるコーヒーは、一部のマニアにウケるレベル。
「そろそろか…。」
カウンターの向こうに居た老人が呟く。
今は、準備中の札がかかる喫茶店…。
「なら、私は帰る。買い物もしなきゃいけないし…。」
カウンターでコーヒーを飲んでいた少女が老人に答える。
「明は…、冷たいね…。」
老人が少女を睨む。
いや、もう少女とは言えないかもしれない。
まだ17歳の女子高生のはずの少女だが、肩までで切られた柔らかな髪を後ろへかき揚げながら老人に向ける視線は大人びていて本来の年齢をわかりにくくしてる。
「面倒な事は嫌なの…。」
「明の父親だよ…。」
「だから、嫌なの…。」
会話だけなら、反抗期の娘が父親を避けてるという程度の内容に聞こえる。
しかし、明の顔は冷ややかで反抗期というよりも繁殖されると迷惑にしかならない虫を駆除しようとする目付きになっている。
「話だけでも…。」
「聞きたくない。」
祖父…、安倍 忠の言葉を一瞬で遮る少女は安倍 明。
かの有名な陰陽師の傍系だ。
そんな肩書きは明には邪魔なだけだと冷めた視線を祖父へ向ける。
明の視線に祖父が肩を竦めた瞬間、静かだった店内が一気に賑やかになった。
「あ~き~…。」
カウンターに座る明を見た中年男が飛びかかって来る前に、カウンターを拭いたダスターを顔面に向かって投げつける。
「お座り…。」
「酷い…、17時間ぶりのパパなのに…。」
つまり、毎日のように明に会いに来てるという事だ。
「暇人か…。」
父親から顔を背けて呟く。
娘にはデレデレの父親だが、携帯の電話帳に300人以上の女の番号が登録されている事を明は知っている。
母親は居ない。
母親が居なくなった日から父親は安倍家を追い出された。
女系家族の安倍家。
当主は常に女であり、陰陽師として優秀な男を婿養子で迎える。
今の当主は祖母…。
だから祖父も家から出され、明は祖母と二人暮し。
(いや、三人暮しか?)
考えたくないと明が頭を振る。
祖父が父親の分のコーヒーをテーブルへと運んでる。
いつの間にか、父親の隣には明とさほど変わらない若い少女が並んで座っている。
「この糞親父!」
顔に似合わない暴言を明が吐くと、祖父が嫌そうな表情を浮かべ、父親は全く気にしてない様子で明に向かって手招きをする。
「やだなぁ…、パパには明だけだよ。彼女は依頼人…、明も一緒にお話を聞いてあげてよ。」
とか言い出す。
明の父親の古澤 悠一は探偵だ。
ただし、普通の探偵ではない。
その証拠に、悠一の隣に座る少女の顔は真っ青になっており、微かに唇が震えてる。
悠一は祖父がテーブルに置いたコーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを注ぎながら、娘がテーブルに座ってくれるのを気長に待ち続けた。