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甘くない、ただただ苦い  作者: ネーミングセンス梨
6/6

終わらない結末

 あれから数日経った。仕事をする気にもなれず同僚のルシャに店を任せ部屋に閉じこもる。


 僕の予想は半分当たり、半分外れだった。彼女の命は無事で生きていた。なんとか一命を取り留めたのだ。でも彼女は目覚めることなく未だ眠ったままだ。だから半分外れ。

 でも彼女自身は穏やかで安定しているようだ。番の僕にはわかるのだ。


 彼女の両親からは婚約解消を申し出られた。娘が解消したいと言っていたが何かの間違いだと思っていた。だがこうなった以上ダメだろうと。


 そうだ。シエンヌからも婚約解消と言われていた。番から拒否されるなんてそんなわけないと思っていた。


 いや、わかってた。最初から彼女は僕のことを好きではなかった。彼女だけじゃない。みんなみんなみんな僕のことが好きじゃないんだ。


(そんなのわかっていたじゃないか。誰も僕のことなんて見ないんだ)


 そうして僕と彼女の婚約は解消された。彼女の穏やかな気持ちとは裏腹に僕の胸は締め付けられるように苦しい。


 それから胸の痛みを紛らわせたくて仕事を再開した。


「ちょっとー、材料をこれ以上無駄にされると利益でないんですけど」


 ルシャが声を荒げる。正確さと時間が大切なのにいつの間にか手が止まっていた。チョコレートになりそびれた物が入ったボウルを抱えそのまま口につけようとする。


「何やってんの?馬鹿なの?」

「死にたい」

「あんたはシエンヌさんじゃないでしょ、チョコ飲んでも太るだけよ」


 病気にはなるかもねーと言いながら彼女は焼き菓子を切り分ける。僕がいない間にいつの間にか増えた品だ。


「それ飲みやすくしたらチョコレート味の飲み物になるわね」


 ルシャは絶好調らしくチョコレートだけでなく焼き菓子等の新商品を次々考えては新しい商品として出していく。

 反対に僕は何も思い浮かばない。思うのは彼女のことだけ。


 彼女つがいから拒否された。いや最初から彼女は僕のことを好きではなかった。

 目を見てくれないし、笑わない、僕といても楽しくなさそうだった。


 僕は再会したあの日いい匂いがして抱きつきたくなるのを必死に抑えていたのに。彼女は僕の番のはずなのに。


 僕を見てほしくて彼女の髪を引っ張った。そんなやり方では駄目だと冷静になった今ならわかる。

 チョコレート色の綺麗な髪の毛、生クリームのような白くてふわふわのほっぺ、唇からは果物のような甘い匂いがして、蜂蜜のように引き寄せられて。


 僕のチョコレートは彼女でできていたんだ。


「何も思い浮かばない」

「仕事もできないし新作もできない、と」

「婚約解消された」

「あはは。ついにフラレたのね、おにー様、ザマミロ」


 意地悪い笑顔を向けられる。同僚であり、ライバルであり、異母妹いもうとであるルシャが嬉しそうに罵ってきた。

 シエンヌは勘違いしていたけど、この子は彼女なんかじゃない。自分の母を遊び捨てた父を憎み、正妻との子どもである僕を嫌う義理の妹だ。一時期一緒に暮らしていたこともある。

 もっとも父は正妻もその子どもである僕もいらない存在だと言っていたが。


「俺、やめる」

「は?ちょっと何言ってんのよ。ほんとにこの店私のにしちゃうわよ?いいの?知らないわよ」


 店なんてもうどうでもいい。チョコレート作りの才能がたまたまあったからやってただけだ。最初からやめればよかった。大体シエンヌが食べられないものを作ってもなんの意味もなかった。



 それから一ヶ月程してシエンヌが目覚めたと手紙が来た。僕がその知らせを受け取ったのは旅先から帰宅してからだった。だからあれから二ヶ月以上経っていた。

 一目でも元気になった彼女に会いたいと思ったが彼女はいなかった。遠く離れた地でゆっくり養生をするとのことだった。場所は教えてもらえなかった。


 番に会えない。心臓をぎゅっと握られたような痛みを感じる。でも仕方ない。


 今やルシャの店となったショコラトリーを訪れると店は閉まっていた。休みにしたのだろうか。裏口のドアノブを回すと鍵がかかっていなかったので入ってみた。


 誰かの泣き声が聞こえる。


「……なんでよ、みんなしてチョコレートがいいってそれ以外はいらないって。みんな喜んでたじゃない」


 肩を震わせて静かに泣いていたのは義妹ルシャだった。


「ルシャ?」

「ノワール、何しに来たの?笑いに来たの?」

「いや、なにがなんだか」

「みんな、みんなあんたのチョコレートが食べたいって」

「でも僕はもうチョコレート作れないよ」


 僕はルシャにシエンヌとのこと、彼女がいなくなろうとしたこと、今はどこかで無事なことを話した。するとルシャはすっと泣き止み、呟いた。


「罰だわ。罰が当たったんだわ。シエンヌさんを出しにして、あんたから店を奪って。そんなことになってたなんて知らなかった……」


 ルシャはのろのろと立ち上がると棚にしまわれた調理器具を作業台に並べ始めた。


「何してるの?」

「店、あんたももうやらないでしょ。売れる物は売っておしまいにする」

「僕はそれでいいけど。ルシャはどうするの?」

あの男(ちちおや)に結婚しろって言われてるから」


 あいつが選んだ相手は碌なやつじゃないことはわかる。


「ねえ、ルシャには菓子作りの才能があるよ」

「誰も買いに来ないのに?」

「そりゃここがチョコレート屋だからだよ」

「違うわ。いらないのよ、私の作るものなんて」

「そんなことは……」


 ああそうだ。僕達兄妹はいらないもの同士だ。


「あんたはどうするの?」

「また旅に出るよ」

「旅……」

「歩いている間は色々忘れられるから」

「ふーん」


 これはただの現実逃避だということはわかっている。なんの解決にもならないし。


 その後店は処分し、雀の涙ほどのお金をルシャと分けた。


「じゃあね、ルシャ。体に気をつけて」

「あんたも行き倒れないでね」


 ただただ苦い思いを噛み締めながら僕達は歩き始めた、行き先などないというのにね。

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