甘くない、ただただ苦い
視点がシエンヌの婚約者ノワールに変わります。
(シエンヌ?)
店で明日の準備をしていた時だった。胸がぎゅっと締め付けられた。シエンヌに、番に何かよくないことがおきたのだ。番だから離れていてもどこにいてもわかるのだ。
居ても立ってもいられず店を飛び出した。
「ちょっとあんた仕事中どこ行くのよ?」
同僚ルシャが呼びかけるが無視をする。ただでさえシエンヌとの仲を邪魔してばかりの彼女には辟易していたのだ。
迷わず彼女の屋敷に走り込み、すぐ彼女の危機を伝える。
通常であればおかしなやつだと思われるが彼女と番であることは皆知っている。すぐに信じてくれ彼女の部屋に走っていく。
「お嬢様!お嬢様!」
ドアを叩き、ノックをするが返事はない。
「お嬢様、失礼します、開けます」
そう言いながら使用人がドアを開けると苦しそうな呼吸の音が聞こえた。
「すぐ医者を」
胸のするどい痛みに叫び声を上げる。もちろん医者は彼女のためだ。自分の胸に走るこの痛みは番を失いかけているからだろう。
「お嬢様、お嬢様、しっかりしてください」
我慢できず駆け寄れば彼女の口の端から茶色い液体が溢れている。
「これは……チョコレート?」
ふと近くのテーブルを見れば見覚えのある箱が置いてある。クレ・ド・リュンヌ、僕の店のチョコレートが入っている紙箱だ。蓋を開くと空っぽだった。
途端血の気が引いた。チョコレートは彼女には毒なのだ。
「シエンヌ、お水お水を」
とにかく吐かせないと。しかし彼女の意識はないようで飲んでくれない。
でもなんでチョコを食べた?彼女には毒なのに。
「だめ、だめ、医者を医者を呼んで、いや待ってられない、連れてく今すぐ」
何を言っているか自分でもわからないが彼女を抱え外に飛び出す。御者にすぐ医者へと伝え馬車に飛び乗った。
「いやだ、いやだいやだいやだシエンヌなんで、どうして、なんで」
なんで君は僕の番なのに、僕から逃げようとするの?