甘いおしまい
自死の表現があります。
そんなわけで帰宅後早速家族に相談したら速攻で断られた。婚約解消なんて馬鹿馬鹿しい冗談をと、思い合ってる二人だから結ばれて当然だと言われてしまった。
一体誰と誰が思い合っているのだろう。
「ちょっとした喧嘩も隠し味ね」
そう言いながら嬉しそうにチョコレートを指でつまみ口にいれる母をじっと見つめる。
「あら、シエンヌは駄目よ。ごめんなさいね」
彼とお付き合いを始めてから定期的に届けられるチョコレート。新作もどこよりも早く我が家にやってくる。
彼との結婚は家のためだから、我慢しないと。
でも我慢しないといけないのだろうか。その我慢はいつまで続ければいいのだろうか。
「相変わらず病みつきになる味ね。あ、シエンヌには果物があるわ」
シンプルな長方形にドライフルーツがほんの少し飾られている。濃い茶色は艷やかだ。
いらない、そんなチョコレート
シンプルなのに華やかで。
いらない、食べられない、チョコレート
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
このまま一生地味だと言われ続け、一生楽しくない時間を彼と過ごさなければならないのか。
チョコレートの甘い匂いが強くなった。
私の毒。私のためだけの毒。
翌朝少し早くに起きて家を出る。普段は絶対に行かないところへ。幸いまだ早いから列はそこまででもなかった。それでも少し時間がかかり、ようやく店に入ることができた。
「あれー、地味子さんじゃないですか。チョコ食べられないんじゃないの?」
客に対して何だその口の利き方はと思ったが、面倒だ。顔を上げれば案の定彼の同僚兼恋人がいた。
「自分用じゃなくて贈り物にです」
「ふーん」
「これをお願いします」
「はいはーい。あ、これあげるー。チョコ使ってない試作品。地味なあなたはこれで充分、職場まで押しかけてこないでくださーい。バイバーイ」
そうまくし立てられ店を追い出された。
「あ、こらおまえ勝手に……。ちょっと待って!シエンヌ、来てくれたならちょっと話を!」
後ろからノワールの声がしたが気づかないふりをした。
さようならノワール。これでおしまい。
午後お茶の時間に今日は自室で飲むからとハーブティを用意して貰う。あとは自分でやるからとメイドを追い出した。
さあ最後の晩餐ならぬ最後のおやつの時間の始まりだ。
チョコレートの箱を開く。
人生で二度目の、そして最後のチョコレート。
甘い匂いに心が踊る。
食べられないからといって、毒だからといって食べたくないわけではない。
指で摘み、舌の上に乗せる。
熱でとろける、濃厚滑らかなチョコレート。口の中にほろ苦さと甘さが広がる。苦いキャラメル、甘酸っぱい果実、とろけるガナッシュ。
私は夢中で箱の中の全てを平らげた。
「ご馳走様でした」
箱の蓋を閉じた。
それからベッドに入り本を読んだり、のんびりと過ごした。こんな穏やかな気持ちになったのは久しぶりな気がする。
やがて胸が締め付けられるようにドキドキしてきた。こみ上げる気持ち悪さに辟易とするが我慢し目を閉じる。もうすぐ、もうすぐだ。
毒が体を包み込む。
おやすみなさい、さようなら。