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甘くない、ただただ苦い  作者: ネーミングセンス梨
3/6

甘いおしまい

自死の表現があります。

 そんなわけで帰宅後早速家族に相談したら速攻で断られた。婚約解消なんて馬鹿馬鹿しい冗談をと、思い合ってる二人だから結ばれて当然だと言われてしまった。

 一体誰と誰が思い合っているのだろう。


「ちょっとした喧嘩も隠し味ね」


 そう言いながら嬉しそうにチョコレートを指でつまみ口にいれる母をじっと見つめる。


「あら、シエンヌは駄目よ。ごめんなさいね」


 彼とお付き合いを始めてから定期的に届けられるチョコレート。新作もどこよりも早く我が家にやってくる。


 彼との結婚は家のためだから、我慢しないと。

 でも我慢しないといけないのだろうか。その我慢はいつまで続ければいいのだろうか。


「相変わらず病みつきになる味ね。あ、シエンヌには果物があるわ」


 シンプルな長方形にドライフルーツがほんの少し飾られている。濃い茶色は艷やかだ。


 いらない、そんなチョコレート


 シンプルなのに華やかで。


 いらない、食べられない、チョコレート


 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 このまま一生地味だと言われ続け、一生楽しくない時間を彼と過ごさなければならないのか。


 チョコレートの甘い匂いが強くなった。

 私の毒。私のためだけの毒。



 翌朝少し早くに起きて家を出る。普段は絶対に行かないところへ。幸いまだ早いから列はそこまででもなかった。それでも少し時間がかかり、ようやく店に入ることができた。


「あれー、地味子さんじゃないですか。チョコ食べられないんじゃないの?」


 客に対して何だその口の利き方はと思ったが、面倒だ。顔を上げれば案の定彼の同僚兼恋人がいた。


「自分用じゃなくて贈り物にです」

「ふーん」

「これをお願いします」

「はいはーい。あ、これあげるー。チョコ使ってない試作品。地味なあなたはこれで充分、職場まで押しかけてこないでくださーい。バイバーイ」


 そうまくし立てられ店を追い出された。


「あ、こらおまえ勝手に……。ちょっと待って!シエンヌ、来てくれたならちょっと話を!」


 後ろからノワールの声がしたが気づかないふりをした。


 さようならノワール。これでおしまい。



 午後お茶の時間に今日は自室で飲むからとハーブティを用意して貰う。あとは自分でやるからとメイドを追い出した。

 さあ最後の晩餐ならぬ最後のおやつの時間の始まりだ。


 チョコレートの箱を開く。

 人生で二度目の、そして最後のチョコレート。


 甘い匂いに心が踊る。

 食べられないからといって、毒だからといって食べたくないわけではない。


 指で摘み、舌の上に乗せる。

 熱でとろける、濃厚滑らかなチョコレート。口の中にほろ苦さと甘さが広がる。苦いキャラメル、甘酸っぱい果実、とろけるガナッシュ。


 私は夢中で箱の中の全てを平らげた。


「ご馳走様でした」


 箱の蓋を閉じた。

 それからベッドに入り本を読んだり、のんびりと過ごした。こんな穏やかな気持ちになったのは久しぶりな気がする。


 やがて胸が締め付けられるようにドキドキしてきた。こみ上げる気持ち悪さに辟易とするが我慢し目を閉じる。もうすぐ、もうすぐだ。


 毒が体を包み込む。

 おやすみなさい、さようなら。

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