出会い
初めて彼と出会った時はびっくりした。
知人に誘われた庭園でのパーティーで人の多さに辟易し誰もいない静かな庭隅のベンチで休んでいたのだ。ふと目の前に影ができたと見上げたら天使のような美しい男が立っていた。銀色の綺麗な髪がキラキラ輝いている。
「こんにちは」
ハンサムが語りかけてきたぞ?なにかの罰ゲームかと辺りを見てみるが誰もいない。
「どうしたの?」
「いえ。あの……何か用ですか?もしかして迷ってます?パーティー会場はそこを真っすぐ行って左に」
「迷ってないよ。それよりあなたと話したくて」
うっとりしたような眼差しで平凡な私を見ないで欲しい。
「えと?どなたです?」
「え?僕のこと知らないの?」
自意識過剰な人なのかな?なんと返そうか迷っていると彼が言葉を続けた。
「僕、そこそこ有名なのだけど。ショコラトリー クレ・ド・リュンヌって知ってるでしょ」
「あ、はい。名前だけは」
「名前だけ?食べたことは?」
「あ、私チョコレート食べられないんです」
そういった途端彼の顔が固まった。そして悲しそうな顔になった。
「チョコレート苦手なの?本当に美味しいチョコレートを食べたことがないからじゃない?僕のチョコを……」
「いえ、体質的に食べられないんです。私、先祖が犬の獣人で先祖返りなのかチョコレートが毒になるんです。以前食べたら死にかけました」
ぐいぐいくる彼にそう告げるとまた固まってしまった。おおーい、だいじょーぶですかー?
「あ、いましたわ!ちょっとーノワール様ー!!!」
「きゃー、ノワール様のチョコ美味しかったです」
「酒にも合ってなかなかイケるな」
「ホント天才だな、君は」
タイミングよく彼を探していた人が来たようだ。大勢の人がやって来た。
「あ、お迎えみたいですよ」
固まった彼を取り囲む人に託す。ああいう華やかな場所は苦手だ。
それにしてもショコラトリー クレ・ド・リュンヌのショコラティエだったとは。チョコレートを食べられない私でもその名だけは聞いたことがある。
洗練されたデザイン、濃厚でエスプリの効いた味、そのチョコレートのためだけに大勢の人々が押しかけ長蛇の列ができ、それもおやつの時間前には売り切れてしまう。さらに作り手である男は見目麗しい。
(ま、私には関係ない話だけど)
そう思っていた。その数日後、家族から婚約者候補だよと紹介されるまでは。
なぜチョコレート食べられない私がショコラティエと婚約をと一瞬思ったが我が家が扱うヒカリカカオの兼ね合いかとすぐ理解した。言ってみれば政略結婚のようなものである。
あとは若い二人でと我家の庭に放置されてしまい、困り果てる。
「パーティーぶりですね」
「そうですね」
何を話せばいいのかわからないし、彼の方を見ると見目麗しすぎて眩しすぎる。うん、目を伏せよう。
「残念ながらチョコレートとは食べられないと伺いましたが何か好きなものはありますか?」
「うーん、特には」
「今度新作にナッツを使ってみようと思って。ナッツはお好きですか?」
「あまり」
「この前はレーズンを練り込んでみたのですが」
「レーズン……ごめんなさい、苦手です」
全く弾まない会話に困り、早く時間が過ぎて欲しいと願う。そもそもこんな有名人と凡人は一緒になってはいけないのだ。相手も迷惑だろう。
別れの時間がようやく来てほっとした。両親に断ってもらおうと思ったのに、二人はすっかり乗り気である。お相手のご家族も特に反対していないらしい。
私にはもったいないと言ってみるもせっかくの話だからと進められてしまった。その後ももっと他の方をと言ってみてもこんな良縁をもったいないと言われ、ずるずる引き伸ばされ今に至るのだ。
盛り上がらない会話、彼に群がる女子だけでなく男子まで、華やかで美しい彼と地味で平凡な私。最初の頃は彼も義務で頻繁に会ってくれたが今では一ヶ月に一度会うだけだ。そして会う度に髪を引っ張られ嫌味を言われる。どうせあなたと違って茶色くて地味な色ですよ。
でも自分で地味だとわかっているのと人から、ましてや仮にも婚約者から指摘されるのは違う。心が痛むのだ。顔には決して出さないけれど。
でもそれも今日で終わりだ。今日こそ家族にちゃんと言おう。婚約解消して貰おう。
ぶどうもマカダミアナッツもワンコとシエンヌ嬢には毒です。