いつものこと
「ほんっとーに地味な髪色だよな」
無遠慮に髪の毛をぐいと捕まれ辟易する。
長い指先でくいくいと髪を一房弄んだ後に嘲るように笑う、見目だけは麗しいこの男は私の婚約者である。大変不本意ながら。
「なんだよ、なんとか言えよ」
話したくもないので黙っていると不機嫌そうな声で呼びかけられる。
「お話することなど何もありません。それよりも婚約解消の話を」
「なんだよ解消って。冗談だろ。こんな有名ショコラティエ様と結婚できるんだからおまえも幸せだろ?」
冗談ではないこんな男と結婚したら最悪だ。でもムッとしたような表情で食ってかかられるのは意外だった。てっきり賛同すると思っていたから。
「絶対に嫌です。それにあなたがショコラティエでも私にはなんのメリットもありませんから」
そう返すと男は不機嫌そうに押し黙った。
ショコラティエではメリットがない。それは私の体質が理由だ。私にとってチョコレートは猛毒なのだ。
この国の人々の祖先は獣人である。でも今や獣の要素は薄れていき皆見た目は人間そのものだ。たまに獣の耳や尻尾が生えていたりするものもいるが大体は獣の要素はない。
それなのに私には獣の要素が出てしまった。見た目ではなく体質に。先祖が犬の獣人だったようでチョコレートに含まれる成分が私の体には毒になってしまうのだ。
子どもの頃それを知らずにおやつにチョコレートを食べ、生死の境を彷徨った。なんとか一命を取り留めたがそれ以来チョコレートを口にしたことはない。だから彼が有名なショコラティエでも、どんなに美味しいチョコレートを作ろうとも私にはなんの関係もないのだ。
もっともチョコレートの原料になるヒカリカカオは我が家の取り扱う代表的な商品だ。だからこの婚約は家としては意義があるものだ。
だから彼もなかなか婚約解消に踏み切れないのだろう。会う度に私のことを地味だのなんだのと嫌味と難癖をつけてくるだけなのに。
それにほら、彼の後ろ側から可愛らしい見た目のお嬢さんが近づいてきた。
「やーん、ノワールここにいたのね?あーら地味子さん、まだいたの?」
しっしと手で追い払う仕草をするのは彼の同僚だ。見た目はとても可愛らしいのに性格は大変可愛くない。
カフェでの食事も食べ終えたところだ。これ以上ここにいても意味はない。
「じゃ、帰りますから。婚約解消のこと考えてくださいね。お互いに早ければ早いほど良いんですから」
そう言って自分が食べたものの金額だけ置いて立ち上がる。
「ちょっと待てよ!」
「バイバーイ!地味子さーん、もう来ないでねー」
可愛らしい彼女がいるのだからとっとと婚約解消すればいいのに。
「おまえな」
「えー?私なにかした?」
いちゃつく彼らを尻目にカフェを後にした。
シエンヌはフランス語で女の子ワンコのことです。
ネーミングセンスが皆無です。