成金お嬢様、獣人に手を差し伸べる(後半)
その後一ヶ月。新たにお小遣いをもらったルーヴルナは、自分の私有地の村の様子を確認する。
獣人たちは、村人としてすっかりと溶け込んでいた。みんな、獣人も人も関係なく仲良くしている。満足げに頷くルーヴルナを、男もまた見ていた。
「…さて、ここからどう動くのかな」
ルーヴルナの動きを見て、今後を判断することにした男。
ルーヴルナは、そうとも知らず新たな獣人の買い付けに行く。
「ジル。今回のお小遣いで、獣人の奴隷は買えるかしら」
「はい、国内の残りの獣人はこれで全員買えるでしょう。獣人のほとんどが欠損奴隷でしたから」
「あら、そうなの?」
「ええ、この国での獣人の扱いは酷い。九十%が欠損奴隷だったんですよ」
「…そう、なの」
ルーヴルナは、少し、ほんの少し心を痛めた。そこまで虐げられてきたのなら、あの男の行為にも納得がいく。
それでも、仕返しはしてやるつもりだが。
そんなルーヴルナの様子に、見ていた男は少し心が揺れる。自分たち獣人を、哀れんでくれる人なんていたのかと。
ジルもまた、そんなルーヴルナに微笑む。
「ですが、お嬢様が欠損まで治して解放したのです。そしてこれから、元気な獣人も解放する。大丈夫ですよ」
「…ええ、そうですわね!」
そして、獣人たちを全員買い占めた。そこでルーヴルナは気づく。あの男がいない。
「…どうして?」
「お嬢様?」
「…いえ、今は奴隷の解放が先ですわ」
ルーヴルナは、身体に欠損のない奴隷たちも私有地の村に連れて行った。
「え…」
奴隷の獣人たちは眼を見張る。そこには、他の獣人が奴隷としてではなく普通に暮らしている光景が広がっていたから。
そして、ルーヴルナと奴隷たちに気付くと獣人も人も近づいてきた。
奴隷たちは困惑する。
「さあ、まずは奴隷契約書を燃やしますわ!」
そして、自分たちを買った主人はあろうことか奴隷契約書を燃やす。困惑が深まる奴隷たちに、ルーヴルナは言った。
「今のお小遣いではちょっと、奴隷印を消すための超級ポーションは買えないんですの。でも、来月には買ってきますわ。それまでは我慢してくださいね」
「え?」
「そして、その暁には奴隷解放宣言を致しますわ!ちょっと、待たせてしまうのが申し訳ないのですけれど…」
「ええええええ!?」
奴隷たちはざわつく。そこに、男が乱入してきた。
「…いや、来月まで待つ必要はないぜ」
「…っ!?」
ルーヴルナは、胸が張り裂けそうなほどの動悸を感じる。…その男は、ジルを殺した男。仕返しを決めた男。
「…俺はモーント。獣人だ。奴隷印を消す黒魔術を、ある人から教わっている。やってもいいか?」
「…ええ」
…奴隷印を消す黒魔術を習得しているから、この後はあの襲撃を巻き起こすことができたのかとルーヴルナは納得した。
そして気になることが一つ、ある人とは誰なのか。気になったが、聞くのはあとだ。奴隷を解放できるなら、それが優先。
「…よし、出来た!」
男がそう叫ぶと、獣人たちの奴隷印が消えた。
「さあ、お嬢ちゃん。宣言してくれ」
「…ええ。ここに、皆さまを奴隷の身分から解放することを宣言致しますわ!」
「お…おー!!!万歳!万歳!!お嬢様万歳!!!」
こうして、全ての獣人が奴隷の身分から解き放たれた。
そして、男…モーントは、ルーヴルナに跪く。
「仲間を解放してくれて、ありがとうございます。こうしてお礼を言うことしか出来ませんが…」
「…とりあえず、皆さま。今解放された獣人たちにも家と畑と家畜を提供してくださいまし。差別は許しませんわよ?」
「はい!」
「そして、モーント様」
ルーヴルナに呼ばれて、モーントは彼女を見上げる。
「…わたくしの、護衛になってくださいまし」
「え」
「もちろん、使用人として扱いますわ。奴隷扱いなどしません。どうかしら」
これは、ルーヴルナなりの嫌がらせだ。ようやく獣人が解放され、自由になり、安住の地を手に入れた。なのに自分はそこに入れない。仲間とともに暮らせない。これは辛いだろうと考えたのだ。
「…この身を捧げます」
ルーヴルナの予想通り、モーントの目には涙が浮かんだ。ルーヴルナは、ざまぁみろと思った。
…が、実際にはモーントの涙は感動の涙だった。獣人の仲間を助けてくれただけでなく、怪しい自分にも手を差し伸べてくれる神さまみたいに思ったのだ。まさか、嫌がらせで雇われるとは気づいていない。
「…お嬢様がすることなら止めません。が、黒魔術を教えたある人とは誰なのです?」
ジルがそこに割って入る。別に護衛が一人増えても、ルーヴルナの両親は受け入れるだろう。それが獣人であっても、ルーヴルナのすることなら反対はしないのが彼らだ。給料だって、ちゃんと払ってくれるだろう。
しかし、ある人とは誰なのか。ジルは、変なのと大事なお嬢様が関わるのは嫌だった。
「…正体は、教えてもらってない。フードをかぶってて、顔も見てない。声は、おっさんだった」
「…お嬢様、本当にいいんですか?この男で」
「…」
ルーヴルナは考える、そのある人のせいであんな夢を見た。しかも正体は不明とか怪しさ満点だ。
…だからこそ、やっぱりモーントは手元に置いておきたい。もし、そのある人が敵ならばまたモーントに要らんことを吹き込んで同じことの繰り返しになるかもしれないから。
「ええ、もちろんいいですわ。よろしくお願いしますわ、モーント様」
「どうか、モーントと呼んでください」
「では、遠慮なく。モーント、ジル、帰りますわよ」
「はい、お嬢様」
「護衛はお任せください」
こうして、ルーヴルナの元にひとりの護衛が増えた。
予知夢の事態は回避した。ルーヴルナはあの夢のパーティーにも参加し、結果何も起きなかった。
ただ、ルーヴルナの行った奴隷解放はどこからか噂になり、貴族たちは彼女に対して少し眉をひそめる。あの和やかな雰囲気ではなかったが、わがままで自分本位なルーヴルナは特に気にも留めない。
だからルーヴルナは、まさかまた悪夢を見るなんて思ってもみなかった。