成金お嬢様、色男とお茶を飲む
「クリスティアン様、お久しぶりですわね」
「俺の愛おしい女神。会えて嬉しいよ」
そう言ってルーヴルナの前に跪き、恭しくその手を取るとキスを落とす男性。
名前をクリスティアン。これでも伯爵家の長男だ。
クリスティアンがルーヴルナを女神と呼び慕うのには訳がある。
「ふふ、女神だなんて大袈裟ですわ」
「いいや。ルーヴルナには返しきれない恩があるからな。俺にとっては女神だ」
最初の悪夢を見た際。ルーヴルナが取った行動が、クリスティアンが彼女に心酔する理由だ。
ルーヴルナはあの時、白魔術師を雇い国中の農家に派遣した。作物や家畜に健康を維持し元気を与える魔法をかけてもらったのだ。
クリスティアンの実家の領地はほとんどが農村で、もろに農業で成り立っていた。そしてその時、不作の気配があったのに、ルーヴルナのおかげで豊作になったのだ。そのためルーヴルナのお陰でかなり儲けた。
「それで…今日はどうしましたの?お茶会…が、目的ではないのでしょう?」
「ああ。実はな、新しく我が国の植民地になった国があるだろう」
「ああ…有りましたわね。それが?」
きょとんとしたルーヴルナに、クリスティアンは可愛いなぁと思いつつ続ける。
「あそこの農村地帯をな、新たな領地として下賜されたんだ」
「あら、おめでとうございます」
「だが、いかんせん反抗的でな。支配するためには…農村地帯ならば、農業をウチに依存させるのが一番手っ取り早い」
「ああ…」
ルーヴルナはクリスティアンの言いたいことを理解してドン引きした。
「えげつないこと考えますわね」
「ん?なんのことだ?」
「惚けなくてもよろしいですわ。撒いたところに何年も雑草が生えなくなる強力な農薬をその農村地帯に使わせるおつもりでしょう?我が国の中では使用禁止のあの強すぎる農薬を」
「くくっ…お見通しか」
「そして、品種改良済みの…その農薬を使っていても育つとても強い作物の生産をさせる。農村地帯の人々にとっては農業が格段に楽になったと思わせて、気付いた頃にはその作物以外は育たない土壌に変えてしまう。その作物しか育たないなら、その作物のタネがなければ死活問題。農民たちは、貴方に逆らえなくなる」
すごく引き気味で解説するルーヴルナに、クリスティアンはご機嫌である。
「さすがは俺の女神。俺のことをよく分かってくれているんだな」
「分かりたくなかったですわ」
「お前の両親から、農薬と作物のタネを買い付けに来たんだ。お前とのお茶会は、そのついで…なんだが、俺としてはこっちが本命かな」
「お上手ですこと。でも、クリスティアン様のような美形に言い寄られるのは悪くないですわね」
「くくっ、俺に対して興味もない癖によく言う」
クリスティアンは手を伸ばして、ルーヴルナの髪を弄ぶ。
「クリスティアン様。わたくしですから良いですけれど、他の女の子の髪を簡単に触ると責任を取れとか言われますわよ」
「お前にそう言われたら速攻で責任を取るよ」
「あら、わたくしそんな安い女じゃありませんわ」
そう言って挑発的な視線を投げるルーヴルナに、クリスティアンはまた楽しげに笑った。
「くくっ…お前、本当に良い女だな。…ああ、お前といると時間が過ぎるのが早いな」
「あら、もう時間ですの?もう少し楽しみたかったですのに」
「俺もだよ。また今度、一緒にお茶しておくれ。じゃあな」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「ふっ…いってくる」
ルーヴルナは、クリスティアンを見送った後あの悪趣味野郎やりやがったとため息をついた。あの農薬は、本気で特定の品種改良済みの作物以外育たなくなる。百害あって一利なしだ。それを〝支配〟のためにわざとやらかすなど…。
「さすが農村が領地のほとんどを占めるだけありますわ…相手の弱点をよく分かっていらっしゃる」
敵には回したくない男だ。背筋が凍る。
鳥肌の立った身体をそっと自分で抱きしめる。ルーヴルナを黙って見守っていたジルとモーントだったが、〝お優しいお嬢様は、クリスティアン様の新しく治める土地の農民たちを心配していらっしゃるのだろう〟と斜め上の解釈をした。
「だ、大丈夫ですよお嬢様!きっとどうにかなりますって!」
「お嬢様が気に病むことはありません」
二人に慰められ、ルーヴルナは頷いて少し元気を取り戻す。すれ違いには、お互い気付かない。