成金お嬢様、焦る
聖王ランスロットの使者がルーヴルナの元へ現れる直前、ルーヴルナは引きこもっていた。
ランスロットの使者は、当然神官である。
使者として訪れる前に、当然先触れを出していた。商人の娘であろうとも、敬意を払うのが神官というものである。
で、ジルから聖王の使者として神官が来ると報せを受けたルーヴルナはビビって部屋に引きこもったわけである。
ジルとしては全くもって意味がわからないので部屋から引きずり出そうとしている最中である。
「いいいいいい、嫌ですわ!こ、殺されますわ!」
「大丈夫です、お嬢様。丁寧にも使者を遣わしたということは、お嬢様を悪くする気はありませんよ」
「あるんですわ!」
ドラゴンの悪夢は忘れられない。また目をつけられたなら、今度こそ殺されるかもしれない。
「うううううううううう…」
身体が震える。怖い、今度は何が起こるだろうか。
せめて、夢で済めば現実を変えられる。…予知夢すらなく、現実で何かが起きてしまったら。
そこでハタと気がついた。
自分が舐めた態度を取ったら、教会はどう思う?聖王猊下は?
その時、責任を取らされるのは?
「…ううううううううう!やけくそですわ!」
結局殺される未来が簡単に予想できたルーヴルナは、かぶっていた布団を剥ぎ取って部屋のドアを思いっきり開けた。
ルーヴルナの突然の行動にジルは目を丸くするが、出てきてくれたなら好都合とルーヴルナを捕まえる。
「さあ、お嬢様。髪を整えて神官様を迎える準備をしますよ」
「わ、わかってますわ!」
ちなみにモーントは、獣人である自分がいては神官の心証が悪くなるだろうと色々な気持ちをぐっと堪えて屋敷の奥に隠れている。
そして、神官がやって来た。
ジルが丁寧に対応して、応接間に神官を案内する。応接間で神官を迎えたルーヴルナは、ガッチガチに身体を強張らせる。なんなら恐怖からプルプル震えている。
神官はそんなルーヴルナの情け無い姿を見て、無理もないなと納得して微笑んだ。
ルーヴルナは、商人の娘。いくらお金があろうと、教養があろうと、ただの平民でありただの年頃の娘だ。それも、信仰心は篤いと聞く。教会のためにかなりの額の献金をした話は記憶に新しい。獣人を解放した…との話もあるが、子供に間違いは付き物なのだ。それを考えれば、そう。
この子供が、聖王猊下からの突然の使者に驚き、そしてここまで恐縮してしまうのも仕方がないのだ。
可愛らしいこの子供に、なるべくストレスを与えないようにと殊更優しい声で話しかける。
「こんにちは。こうしてお会いできて嬉しいですよ」
「え、ええ!わ、わたくしも神官様にこうして足を運んでいただきとても恐縮ですが、こ、このような機会を与えていただき嬉しいですわ!」
一方のルーヴルナはもはや涙目である。早く解放してほしい。帰れ。それが本心だが、ぐっと堪えて笑顔で答える。
目に涙を浮かべて笑顔でそんなことを言うルーヴルナの様子に神官が気を良くしたのには気付かない。
ルーヴルナの地獄の時間は、まだ始まったばかりである。