#2(1章) 嫌な予感
「たとえ、世界の端がスタートラインでも......!」#2となります。そして、前回#1は序章に区分されていましたが、今回#2から1章「パートナー」になります。どうぞ宜しくお願いします。
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――理不尽な現代社会で、どう生きるのか。
社会というのは、汚いものだ。社会なんて、己の私利私欲にひた走る人間によって構成される、汚物の集合体である。俺も学生というボーナスタイムを終え、デイビーズという社会人として、この泥沼に足を突っ込まなければならないのだ。
もうこの列車に乗ってから二十分が経過した。あと十分ほどで、最寄りの駅につく。愛想を振りまく上司も、家系などの身分で決まる上層も、私利私欲で走る社会人も、何ももう見たくない。
考え事をしていると、時間が経つのも速い。俺はこれまでの会社での出来事を思い返していたのだ。
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俺はロンドンから少し離れた、リヴァプールにある証券会社で働いている。学生時代は必死に勉強し、オックスフォード大学に入学した。それからの就活は学歴で簡単に通り、この大手証券会社に入社することができた。
大学生だった頃の俺は、社会では頑張った分だけ上に上がることができる、なんて浅はかな考えを持っていた。
実際はそうではなかった。会社は年功序列、家系なども優遇される。現に、社長、役員の大半は歴代テイラー家一族が就くことになっており、どれだけ優秀であろうと会社の頂点に立つことはできない。
何もできない無能な人間でも、歳を重ねれば昇進できる。また、社内はゴマすり合戦。上司に気に入られれば昇進、そこに実力など関係なかったのだ。
「いやー、ボス。今日も若々しいですね! あと今日はボスの誕生日でしたよね、こちらプレゼントになりますー」気持ちの悪い笑顔を振りまいている奴がいる。
「お、俺の好きなヴィトンじゃねえか! よく分かってんなー。じゃ、おれ会議行ってくるから」年をとった貫禄のある人物はそう言った。
「いってらっしゃいませー!」
この自分の上司からの好感を得ようと必死な奴は、俺の上司である。彼はそう彼の上司を見送ると、一つ「チッ」と舌を打ち、俺を見た。
「少しは感謝しろってよなー。アイツ。ジョージ、お前は俺に必ず付いてこい。分かったな」
俺は苦笑した。何が「付いてこい」だ。誰もお前に付いていきたいと思うか。そう思う。そんな日々が続いていった。
翌年、辞令が交付されると俺の上司は昇進していた。
きっぱり言って、業績的には俺のほうが上だった。しかし、俺のそれは正当に評価されることなく、昇進も、昇給も何も出なかった。
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こんなのってありだろうか。まるで俺は決まったレールを歩いているような気がしていて気がすまなかった。そして、自分の実力が認められず、上に上がることもできない。そんな現状に、ただ、ただ、もどかしさを感じていた。
そんなことを思っていると、最寄り駅が近づいてきたことを知らせるアナウンスが鳴った。俺は椅子から立ち上がり、ドアの方へと向かった。
こんなことを考えていたって、現状変わることはない。忘れよう。
ドアは、勢いよく開いた。
最寄りの駅から自宅まではそれなりに距離がある。かなり暇なのだ。そのうえ、仕事がいつもより忙しかったときには疲れで歩きたくなく、タクシーを呼んでしまいそうになる。こんな時、いつも俺は途中コンビニに寄ったりして暇にならないようにしていた。
駅前はもう夜が遅いことも会って閑散としていた。静けさに包まれている街はどこか不気味さも覚えるが、逆に暗い気持ちに沈んでいたいときには最適なのだ。
今日俺は駅前のコンビニに寄って、夕飯を買うことにした。今日の夕飯はカップ麺。やはりいつもこれにしてしまう。お金はあるとはいえ、常にリスク、リターンを考えてしまうとカップ麺という答えに行き着いてしまうのだ。
カップ麺などが入った手提げをぶら下げて、家へと向かった。今日は少し蒸し暑い。もうすぐ夏になるのだ。つい先日まで冬だったように思えるほど、時間の流れは速いものだ。
交番の横を通り抜け、一本の長い直線道を歩く。この時間にもなると明かりのついている家は中々少ない。何か嫌な予感がし、俺は足を速めた。
その時だった。大粒の雨が勢いよく降り出した。くそ、予報には雨なんて書いてなかったのに......
傘なんて持ってなかったから、俺は数秒でびしょ濡れになってしまった。やはり、なにかおかしい。絶対になにか嫌なことが起こってしまいそうだ。俺はそう、強く思った。
いち早く家につかなければ。俺は速めていた足を更に速め、もはやそれは走っているに等しかった。
スマホから着信音がなった。確認すると、大雨特別警報が出ているらしい。予測できなかった大きな積乱雲が発生しているとのことだ。
もう俺の心は不安で覆い尽くされた。列車の中で考え事をしていてただでさえブルーな感情だったのにも関わらず、雨はそれをもう闇で覆い尽くしてしまった。
しかし、おかしい。これだけ走っているのに、一向に曲がり角が見えない。もはや、駅の前から一向に動いていないような気がする。そう思って、俺は足を止めゆっくりと歩き始めた。
当たりを見渡すと、やはりそうだった。駅前の一本道の入り口から何ら変わっていなかったのだ。
「くそ、さっきから何なんだよ!」俺は思わず叫んだ。もう、俺の心は恐怖で染まっていた。すると、マンホールが冠水して飛び出した。もう、だめだ。俺はここで死ぬのだ。そう覚悟した。
――その時だった。一瞬だった。浮遊感を覚えたのだ。それは、落下している感覚に等しかった。上を見上げると地上から離れている。その時、俺はなんとなくだが理解したのだ。俺は、マンホールから落ちたのだ。
ああ、終いだ。短い生涯だった。俺はそう後悔を残すと、徐々に眠るように、意識を失ったのだった。あっという間だったな、ここまで。
一つ、映像が見える。列車の中での考え事をしている俺、入社当時の俺、大学生活を満喫している俺、勉強に勤しむ俺など、今までを回想するような内容だった。それが終わると、俺は見たことのない景色に出会った。地球と似ているのだが、イギリスではない。人々の様子もどこかおかしい。皆が恐怖に怯えているようだ。何だ。そう、ただ漠然と思った。
その瞬間、目が覚めた。どうやら死んだわけではないと、今一つ安心した。しかし、何かおかしいんだ。ここはベッドの上だ。そのうえ、天井もおかしい。ここは自分の家じゃない。どこなんだ、ここは!
何か物音がする。ベッドから起き上がると、ここは一つの部屋の中であることを理解した。そして、前方の窓から外を見てみると――。
外には、見覚えのない田園が広がっている。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。次回は、ジョージが今の状態を理解していきます。ぜひ、宜しくお願いします!
次回も、明日朝七時に投稿致します。