#1(序章) いつの日にか、
現代において社会的に重要な立場に置かれる人間は、家系などの身分からなるものが多い。実力がどれだけあろうと、会社でいえば社長になれない場合もあるし、政界でいえば弾かれてしまうことがある。この物語は、そんな現代社会で葛藤する一人の若者が、異世界の危機的状況に置かれている小国に飛ばされてしまった話である。彼の出自はたいそう低いものであるが、そこから最終的にはかなりの成り上がりを見せる。その過程での彼の様子を描く。
「たとえ、世界の端がスタートラインでも......!」
この言葉の後に続くのは――。
「おはよう、世界」
俺はそう呟くと、カーテンを開けた。心地の良い朝日が、俺を照らしている。
寝ぼけながらも、一生懸命に体を起き上がらせた。
部屋を出て、向かいの部屋を見渡す。片付けられて、静寂に包まれている。
あいつももう家を出たのか、そう思いながら朝食の準備に取り掛かった。
約二十年。俺があいつと過ごした日々。そして、色んな思い出が詰まった時間。あいつは今日、大学を卒業し、晴れて社会人になるのだ。長かったような、短かったような、色んな思いが心に降り頻る。
そして今、こうやって、あいつの門出を祝福できることを本当に喜ばしく思う。また、こんな平和な日々を遅れていることにとても感謝している。
そんな風に想っていると、不意に時計が見えた。八時三十分。まずい......間に合わない......そう焦って、急いで俺は朝食を準備し、身支度を整えた。
急いで家を出て、腕時計で時間を確認した。よし、何とか間に合った。そう思うと俺は、駅へと歩き出した。俺の家から駅への道のりには、大きな桜の木が立っている。今年も、鮮やかなピンク色の桜の花びらは、街を美しく染め上げている。
この桜の木は、俺の人生と一緒に花を咲かせ生きてきた。そして、この地で生きる人々の生活にも根付いてきた。今日、この桜の木は、俺の息子の門出に立ち会おうとしている。
そんなところで、駅前へとやってきた。マンホールを踏み越え、駅の改札へと向かう。その時、頭の中に一瞬、謎の映像が流れた。しかし、少し経つとそれは思い出せないのだ。簡単に思い出せそうなほど、俺の人生にとても大きな影響を与えたもののように思うのに、まるで存在しないことのように、何一つ、思い出せない。こんなことが最近、俺にはある。
間もなく、列車はホームに到着し、俺は窓側の席に腰を下ろした。窓から見れる景色は新鮮で、俺が会社へと向かう方面とは逆方面であるからだ。大きなビル街の間を、速度を上げて通り抜ける。ビル街を抜けると、少し開けたような田園風景が広がった。そして間もなくして「間もなく、エンパイア大学前駅」というアナウンスが鳴った。俺は少ない荷物を持ち立ち上がった。
駅を出ると、そこには学生ではなく、保護者や若い衆がいた。俺は大学の方へと歩き出した。
ここエンパイア大学は、俺の息子が通っている。ロンドンからは少し離れた郊外にあるそこそこ頭の良い大学である。
大学に着くとやはりそこには、頭の良さそうな爽やかな学生が大勢いた。校門には「第八十回エンパイア大学卒業式」と威勢よく書かれた立て看板が立てられている。
もうすぐあいつも出てくるだろうか。晴れて学生を卒業し、社会人になる我が子に、俺はなんと声をかけたら良いのだろう。ここの経済学部で多くを学んだあいつは、卒業後は投資銀行に勤めるという。もはや俺よりも良い企業に勤めるあいつに若干の悔しさを覚えるが、我が子がそんな場所に勤めるということに誇らしさも感じた。
思い返してみれば、俺は二十二で就職して、三十のときに結婚した。それからすぐにあいつは生まれて気づけば俺は五十になった。妻は俺が三十五のときにがんで亡くなったか。今思えば、あっという間にここまで時間が経過していたのだ。
そういえば、俺は二十五当たりのときに、何か不思議な「体験」をしたような覚えがある。それは実に曖昧で、ただ確実に俺の人生に影響を与えたということだけを残しているのだ。それが何なのか、どういった「体験」だったのか、今になっては一つも覚えていない。
そんなこんな妄想にふけっていると、前方に校舎から出てきたあいつを見つけた。あいつに何を言おうと考えていたのに、そんなこと一つも浮かばずに卒業した我が子に合うことになってしまった。
あいつは俺を見つけると満面の笑みで手を振った。必死に勉強し入学して、沢山のことを学び、沢山の経験をした学び舎に別れを告げたあいつの表情は若干の寂しさとともに未来への期待を感じさせていた。
「卒業おめでとう」
俺は当てる言葉も見つからず、まずは素直に卒業を祝福した。
「親父、これまでありがとう」
そんなことをあいつは照れくさく言った。
「お前をここまで立派に育ってくれて、俺はとても嬉しい」
何も格好つけずに、ただ思ったことを俺は言った。明日からあいつは立派に、立派な、社会人になるのだ。我が子が社会へと羽ばたいていく姿には、感動を覚えずにはいられなかった。
「親父、泣くなよ!」
あいつにそう言われて、俺は自分が泣いていることに初めて気づいた。
「泣いてねーから。」
父としての威厳を保つために、泣いているところなんて見せられなかった。
それから俺らは、家へと向かった。大学の校門前で写真を取って、他愛の無い話をしながら駅へと向かう。とても幸せな空間だった。途中、ケーキも買った。あいつには「別にそんなことしなくていいよ」とも言われたが、俺はあいつを祝福したくてたまらなかった。
駅前まで来ると、陽はもう西にたなびき始め、一日の終わりを告げるように鳥たちは鳴いた。駅前は俺たちのように親子や、学友のグループ、カップルなどが沢山いた。駅前は朝よりも活気で溢れていた。
改札を抜け、ホームへ向かう。ホーム上にも朝よりももっと多くの人がいた。二人で椅子に腰掛けると、列車の来るベルが鳴った。「座ったばっかなのにな」あいつはそう言うと俺も軽くうなずいた。
その瞬間、俺は頭の中に朝見た映像が浮かんだ。そして、俺は今になって、あいつに言いたいことが分かったのだ。その映像は一瞬で終わり、数秒で頭の中からいなくなってしまったが、映像の概要は頭に残って、あいつに伝えることはまとまった。
この映像は、俺が二十五のときに経験した出来事だったのだ。
そう、あのとき俺はとても大切なことを知ったのだ。
俺は今からあいつに、それを伝えよう。
これから社会へ羽ばたく、愛おしい我が子へ。
「なあ」
「何、急に」
あいつはそっけなく返した。
「お前が社会人になって、会社で働き出したとき、自分なんて下っ端の何もできない人間とか、そんな風に思うかもしれない」
「まあ分からんけどな」
「でもな、たとえ、世界の端がスタートラインでも......!」
俺は勢いよく言った。これだけは最後に父からの教えとして伝えておきたかったのだ。
「――」
あいつの反応は分かっていた。でも、いつかあいつの支えになればそれで良いのだ。
――これは今から二十五年前、俺が異世界で経験した物語だ。
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