ゔぁにゃーるにゃほうがくいんのきょうのじけんなのにゃ!!〜問題用務員、夢見香悪用事件〜
学院長の1日は忙しい。
「ンなぅ……」
ゔぁにゃーるにゃほう学院の学院長を務める黒猫、グローリア・イーストエンドはゴシゴシと自分の顔を擦る。
時刻は大体お昼を過ぎ去った頃合いである。黒猫のグローリアにとっては絶好のお昼寝日和だ。
だがグローリアは学院長なので、これから授業に出なければならない。今日は不幸にも自分の授業がある日なのだ。生徒である猫たちの前に出るにはきちんと毛繕いをしておく必要がある。
寝起きでボサボサになってしまった毛並みをくまなく舐めて整えてから、グローリアは大欠伸をしながら伸びをする。たっぷりと睡眠を取ったあとの伸びは気持ちがいいのだ。
「んなぁ、なぅ」
ようやく完全に起床したグローリアは、自慢の長い尻尾を揺らしながら学院長室を立ち去る。
校舎内には様々な猫が行き交っていた。授業が始まるというのに呑気に日向ぼっこをする猫や縄張り争いをする猫など、自由気ままに猫たちが各々の時間を過ごしている。魔法を学ぶ為にグローリアの元へ集まってきた生徒の猫たちだ。
廊下の真ん中を堂々と突き進む学院長のグローリアは、縄張り争いをする猫や日向ぼっこをする猫たちに教室へ戻るように「んなぁ」と忠告する。もうすぐ授業が始まってしまうのだから、注意するのは当然だ。
生徒の猫たちは慌てた様子で教室に戻り、次の授業の準備をする。勤勉な猫たちで安心だ、彼らはいい魔法猫になるだろう。
「んにゃ?」
もうすぐ授業が始まるというのに、大量の猫たちがドドドドドと勢いよく廊下を駆け抜けていった。
猫たちはグローリアを素通りして、廊下を物凄い速度で走り去る。授業が始まろうとしているのに、何故か彼らは必死の形相をしていたのだ。まるで何かから逃げるような。
その原因はすぐに分かる。走り去った大勢の猫たちを追いかけていったのは、5匹の猫である。
「にゃー、にゃんなおーん!!」
「にゃにゃー、にゃあにゃ」
「んなぁ、にゃー!!」
「なう、うなん♪」
「んな、にゃうにゃう」
目を爛々と輝かせ、逃げる生徒たちを追いかける馬鹿猫たちは口に鼠の死骸を咥えていた。怖がる猫たちに何という仕打ちをするのか。
「ふしゃーッ!!」
「にゃにゃッ!?」
グローリアが先頭を走る白猫に猫パンチをする。
ふわふわの真っ白い毛並みと透き通るような青い瞳が特徴的な美猫である。誰もが振り返るような美猫であるにも関わらず、鼠の死骸を咥えて生徒たちを追いかけ回す問題猫なのだ。やることなすこと問題行動ばかりである。
白猫――ユフィーリア・エイクトベルは鼠の死骸を足元に落とし、
「んにゃ、にゃにゃーにゃ、んなぁ!!」
「にゃ、にゃんにゃん、なーう!!」
楽しく遊んでいたことを主張するユフィーリアに、グローリアは問答無用で叱りつける。どちらが悪いかなんて明白だった。
「んにゃ、なーう」
「にゃにゃ、ん゛にゃぁ」
「なうなーう」
納得のしていない様子であるユフィーリアを諌めたのは、グローリアよりも上背のある大きな猫だった。
もふもふの灰色の毛並みと銀灰色の鋭い双眸が特徴的である。ゆらゆらと長い毛並みの尻尾を揺らしていると、後ろにいる赤茶色の子猫と黒色の子猫が玩具でも見るかのような目つきで尻尾の行方を追っていた。
巨大猫――エドワード・ヴォルスラムは、上司であるユフィーリアに「にゃんにゃ」と言う。
「にゃんにゃ、にゃー」
「んなぅ、にゃーん」
「にゃ」
ユフィーリアが咥えていた鼠の死骸を嬉しそうに回収したエドワードは、早速とばかりにその首へ食らいつく。雑食であり何でも食べることが出来るので、当然ながら鼠の死骸を骨ごと食べても問題はないのだ。
ゴキゴキと音を立てて鼠の死骸を食らうエドワードに、2匹の子猫が忍び寄る。「にゃ?」「にゃん?」と鼠の死骸の味に興味があるようだ。
赤茶色の毛並みを持つ子猫――ハルア・アナスタシスは、
「にゃー!!」
「にゃんにゃ」
「にゃー!!」
「にゃーにゃ」
食べかけの鼠の死骸を横取りしようとするのだが、エドワードの猫パンチを脳天に食らってもんどり打つ。「ふーッ!!」と痛みを訴えていたが、巨猫は無視して鼠の死骸を食らうばかりである。
「にゃにゃ♪」
「にゃー!!」
「にゃんにゃ、なむうなーん♪」
「にゃにゃ!!」
不満げなハルアを毛繕いしてやりながら窘めるのは、問題猫のお姉さんであるアイゼルネだ。
緑色の毛並みは丁寧に梳かれ、左右で色の違う瞳には慈愛の光が浮かぶ。ただ美しい顔の左側は大きく裂けてしまっており、痛々しい縫合跡が残されていた。ゔぁにゃーるにゃほう学院に来る際、鴉に狙われてしまったのだ。
ハルアは「にゃにゃ!!」と嬉しそうに飛び上がると、
「にゃんにゃー、にゃー!!」
「にゃ、にゃにゃーなう」
「にゃー!!」
「にゃー」
ハルアの後輩である黒猫、アズマ・ショウが「にゃにゃん」と尻尾を揺らす。彼は問題猫のリーダーであるユフィーリアのお嫁さんを自称しており、嫉妬深いことで有名だ。
案の定と言うべきか、ユフィーリアに猫パンチをかましたグローリアにショウの爛々と輝く赤い瞳が向けられる。ゆったりとした足取りでグローリアに歩み寄った彼は、ギラリと輝く牙を見せつけてきた。
威嚇するように全身の毛を逆立たせたショウは、
「ふしゃーッ!!」
「んにゃあ!?」
手加減のての字もない猫パンチを叩き込まれた。
吹き飛ばされるグローリア。殴られた頬が痛すぎる。
グローリアは「にゃにゃ!?」とショウの所業を非難するも、今度はユフィーリアから猫パンチをお見舞いされる。盲目的にユフィーリアを愛しているショウだが、ユフィーリアもまた嫁であるショウのことを愛しているのだ。学院長であるグローリアをぶん殴ったユフィーリアは、てちてちとショウを毛繕いしてやっていた。
踏んだり蹴ったりのグローリアは文句を言おうとするのだが、
――にゃーん、にゃーん、にゃーん。
校内に響き渡るチャイムの音に反応する。
そうだ、授業が始まってしまう。このまま問題猫に構っている暇はないのだ。
グローリアは「にゃん!!」と廊下を駆け出す。学院長である以前に自分も教職猫の1匹なので遅刻だけは許されない。
「にゃーん!!」
問題猫に構ったことを後悔しながら、グローリアは半泣きで廊下を突っ走るのだった。
☆
「いや全編猫語でお届けするのは勘弁して!!」
猫の悪夢に魘されていたヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは飛び起きた。
前後の記憶が曖昧である。そういえばもう今日の授業はないから仮眠を取ってから書類仕事をしようと思って、学院長室の長椅子に寝転がったところまでは何とか思い出す。お昼寝したのが間違いだったのか。
全編猫語、登場人物も猫ばかりの夢なんて天国どころではない。何を言っているのか大半が理解できなければ悪夢そのものである。いやまあ猫は可愛かったのだが。
まだ寝起きでぽやぽやとした感覚が抜けないグローリアは、
「…………何してるのかな、ユフィーリア」
「え?」
グローリアが寝床に使っていた長椅子のすぐ側で、桃色のお香を焚いている銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルはキョトンとした表情で応じる。
「何が?」
「それって夢見香だよね?」
グローリアが示したのは、ユフィーリアが絶賛焚いている桃色のお香である。
夢見香とは、夢を自由に作ることが出来るお香だ。夢見香を焚く際に使用者の血液を垂らすことで、使用者の魔力等と反応して自由に夢を構築することが出来るようになるのだ。
おそらくユフィーリアは、この夢見香を使って猫の夢を見せてきたのだ。全編猫語でお届けしたのもユフィーリアの仕業だろう。
ユフィーリアはニッコリと満面の笑みを見せると、
「いやぁ、ショウ坊が言うには今日って猫の日みたいだからさ」
「だからって全編猫語の夢をお届けする?」
「いい夢だったろ」
「悪夢だよ」
グローリアはユフィーリアを睨みつけると、
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
「やべえ、逃げろ!!」
ユフィーリアは夢見香を投げ出して、慌てた様子で逃走を図る。まだ寝起きの気分が抜けないので無闇に追いかけるようなことはしないのだが、あとでお説教の刑に処すことを決めた。今決めた。
全く、油断も隙もない魔女である。どうしてグローリアに対する悪戯だけは日々進化していくのか。世の中に面白さを求めた結果がグローリアに対する嫌がらせや悪戯の日々だったのであれば、今すぐその考えを改めてもらいたい。
深々とため息を吐くグローリアだったが、
「ん?」
長椅子とセットで置かれた応接用の机に、色々なものが置かれていた。
苺がふんだんに使われたホールケーキから綺麗な包装紙に包まれたプレゼント箱、りぼんがけされた葡萄酒の瓶など多岐に渡る。ユフィーリアが何かを仕組んだのではないかと怪しんでしまうが、ケーキのクリームは普通に美味しいしプレゼント箱はびっくり箱みたいに爆発する気配もない。
これらの品々は一体?
「あ」
床に落ちた小さなカードを拾い上げれば、見覚えのある文字が並んでいた。
誕生日おめでとう
これからのお前の未来に幸多からんことを
グローリアはそこで、ようやく現実を認識する。
「そっか、今日は僕の誕生日だったか。去年も同じようなことをやったなぁ」
ユフィーリアは、グローリアにわざわざ誕生日プレゼントを届けに来たのだ。その際にグローリアが昼寝をしていたものだから、起きてもらいたくて夢見香なんてものを使ったのだろう。
「普通に起こせばいいのに」
グローリアは小さく笑って、
「夢見香の悪用に関してはお説教するの止めようっと」
《登場人物》
【グローリア】本日が誕生日のヴァラール魔法学院の学院長。全編猫語でお届けされた猫の夢に魘された。夢の中では毛並みの綺麗な黒猫に変身、学院長にゃんことして日々頑張っていた。
【ユフィーリア】夢見香と呼ばれる夢を作り出すお香で猫の夢を見させた問題児筆頭。夢の中では毛並みの綺麗な白猫になり、やはり問題児として鼠の死骸を咥えて遊んでいた。
【エドワード】夢の中ではメインクーン張りに大きな猫になっていた。鼠の死骸でも食べちゃう。
【ハルア】夢の中では赤茶色の毛並みが特徴的な子猫になっていた。小さいくせによくエドワードへ喧嘩を売る。
【アイゼルネ】夢の中では緑の毛並みが美しい猫になっていた。問題児たちのおねーさん的存在、子猫の未成年組の面倒をよく見る。
【ショウ】夢の中では毛並みの綺麗な黒猫になっていた。ユフィーリアを愛し、ユフィーリアに愛される美猫。ただし嫉妬深い。