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言祝ぎの巫  作者: 東雲靑
8/19

縁(1)

 (えにし)の入り口には看板がない。ここで店を構えていることを知らない近隣住民も多いことだろう。趣のある昔ながらの民家にしか見えない。


 門扉を静かに開け、綉がそっと佳の背中に手を添えて見世庭へ入るよう促した。庭の小さな石灯籠には火が灯され、営業中であることを知らせている。その先の扉を開けると、ドアベルが柔らかに響いた。


「あらあら、お久しぶりね」


 L字型のカウンターの中で、千紗子が笑顔で迎えてくれる。


「すみません、連絡もなしに突然来ちゃって」


「あなたたちならいつでも歓迎よ」


 頭を下げた綉に、笑顔のまま千紗子が席を勧めた。六十才を超えているはずなのに四十代にしか見えない千紗子を、綉はよく魔女と言うがたしかにそうかもしれないと、佳も会うたびに思う。


 他に客の姿はなく、前回の訪問からだいぶ経っていたこともあり、三人は互いの近況報告や世間話に花を咲かせた。あの日以降、店で言祝ぎの話題になることが多かった佳は、ここでその話題が出ないことに安堵していた。何故かは分からないがあまり積極的に触れたいと思う話題ではなかった。


 三合目のお酒を注文したところで、常連と思われる男性客の来店があった。佳と対角線上の席に着いた男と目が合う。あれ? と思ったが、何にそう思ったのかがわからない。目が合った男は、柔和な笑みを浮かべた。佳は小さな会釈を返した。


「……知り合い?」


「たぶん、違う……」


「たぶん?」


 綉に問われて思い返してみるが、知り合いではない。会ったこともないし見たこともないはずだ。でも、無性にこの男を知っているような気がしてならない。この男の纏う雰囲気がそう思わせるのだろうか。すごく好きな……


「佳。やっぱりまだ具合悪いんじゃない?」


 少し強い口調にハッとして綉を見遣る。不機嫌そうだった。


「綉? 綉こそどうしたの? なにかあった?」


「俺は、別に……お前、具合は? 普通に飲んでるけど本当に大丈夫なの?」


 不機嫌そうな空気はなくなったが、心配顔になった綉へ佳は明るい声で返した。


「うん。本当に、大丈夫。全く問題なし。最近寝不足だったんだと思う」


「……多少寝不足が続いたくらいであんな倒れ方そうそうしないと思うけどな」


 それもそうだと思うが、やはり体調に異変は感じられない。大丈夫としか答えようがなかった。


「ちょっとでも具合が悪くなったりしたらすぐ言えよ」


「うん、わかった」


 綉は佳に過保護になることが多い。十五才で星稜大学校へ入学した佳は、それまで同じ年頃の子供との接点がなく、驚きと戸惑いの連続で……環境に慣れていくことができたのは綉がいたからだ。


 何かにつけ世話を焼く綉は、同じ年なのに年上のお兄さんのような存在だった。綉の前で初めて体調を崩したときも、ただの風邪なのにこんな感じだったなと思い出して懐かしくなった。だから、過保護とは思ったけど、それは口には出さず大人しく頷く。

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