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言祝ぎの巫  作者: 東雲靑
2/19

噂(1)

「また失踪者が現れたらしいね」


 森園の声に(けい)は酒を注ごうとしていた手を止めた。近頃、首府内で失踪していた者が突然姿を現すということが度々発生している。そのことだろう。忽然と姿を消した者がある日突然、首府の街角に現れ「言祝(ことほ)ぎを探せ」などと言うと、その場に崩れ落ち、そのまま息絶えるらしい。彼らの体の一部には謎の紋が刻まれているとも聞くが、それがどのような紋で、どこに刻まれているのかまでは不明である。


「また、ですか……なんなのでしょうね」


「やっぱり『言祝ぎを探せ』とか『言祝ぎはどこだ』とか言ってその場で事切れたんだって」


 ため息を吐いてから森園は目をキョロっと動かした。小柄でだいぶふくよかなこの男は、愛嬌のある顔を曇らせていた。


「ねえ、眞崎くんは『言祝ぎ』ってなんだと思う?」


 森園に話しかけられ、少し考える素振りを見せた彼はいつも通りの穏やかな口調で話し始めた。自分と同じ年齢のはずなのに、以前からいくつか年上のように感じることがある佳は彼との付き合いも六年目になるのかとこっそり数えた。


「そうですね……伎倆(ぎりょう)のひとつのようですが、そんな伎倆を持っている人はいないそうですよね……。伎倆のことではなく、なにか他のことを意味していたりするのでは?」


「ああ、そうか……確かにそういう可能性もあるね」


 二人の男の会話を聞きながら、佳は手早く注文された酒を仕上げ、カウンターから離れる。テーブルにいた常連客の二人も同じ話題を口にしていた。


「お待たせしました」


 話の邪魔にならないようそっとグラスを差し出したが、二人は会話をやめ、じっと佳に視線を寄越した。


「……?」


「花咲さんは、なにか言祝ぎについて噂とか耳にすることはありますか?」


 声をかけてきた一人は、佳より明らかに年上だったがいつも丁寧な口調で話す男だった。彼のような兄がいたらといつも思うが、そのたびにあの家では彼であってもと内心で首を振る。


「いえ、特には……報道されていること以外には何も……」


「そうですか……あ、いや、ちょっと言祝ぎという伎倆が本当にあるのか気になってしまってね。私もちょっとした伎倆を持っているものですから」


 男の発言に佳は少し驚いた。伎倆持ちはそのことを基本的に隠す。このように打ち明けられたことは初めてだった。


「そうなんですね……何か耳にするようなことがありましたらお知らせしますね」


「ありがとう。でも、覚えていたらで結構ですよ」


 男に笑みを返し、佳がカウンターへ戻ると森園が今度は昔各地の神祠で連続して発生した不審火を話題にしていた。男にしては少し甲高い声がよく通る。店内に筒抜けだ。


「森園さん、ちょっと落ち着いて。いろんな方がいますから……」


「あ、そうだよね。ごめんごめん」


 謝罪の言葉は軽く、悪びれる様子もないが、森園はいつだってこんな調子だ。本気で悪気がないのだろう。佳は自分が注意せずに済んで、小さな罪悪感と一緒に安堵の息を漏らした。


「佳、おかわり」


 つい、と押し出されたグラスを受け取った。森園を窘めてくれたお礼にと少し多めに酒を注いだ。


「そういえば、最近あれも話題だよね。死んだらどうなるかって」


 森園は好奇心旺盛なのだろう、振る舞ってくれる話題の多くが世間を賑わせている噂話や流行だ。苦笑交じりに佳は頷いた。


「そうですね、一時期の占いとか陰謀論ブームからそういう話に発展したようですね」


「都市伝説なんかもずいぶん話題になってましたね」


「そうそう、(つぇん)国の卜者(ぼくしゃ)とか姿を変えられる医術ってのも気になるよね」


 佳たちが反応したことに気を良くしたのか、森園が大きく何度も頷きながら新たな噂を加えていく。ぽったりした頬がそのたびに揺れた。


「で、死んだらどうなると思う? 次こそは自分の思い描く通りの人生を歩んでみたいとか思わない?」


「また新たに人生をって、ちょっと面倒ですね……」


 思わず、本当に思わずだった。つい思ったままを言葉にしてしまい、佳はハッとして口を噤んだ。


「佳ちゃんが後ろ向きで、俺驚いた!」


「森園さん、佳はこうですよ。後ろ向きでネガティブで、前向きじゃなくてポジティブじゃない」


 キョロっとした目を更に見開いて驚く森園に、チチチと嫌味に指を立てて振る姿を見て佳は口を尖らせる。自分でも同じようなことを口にしようとしていたが、その言葉を奪われたため放つ言葉を文句に変えた。


「ちょっと、(しゅう)。そんなに重ねなくたっていいじゃない。全部同じ意味よ……」


「ネガティブの四乗だね。ま、仕方ないね。性分じゃない」


 半笑いで言われムッとしたが、性分なのかと佳は少し考えた。ネガティブなのが性分だとしたら、それを多少言葉にしても仕方がないことではないかと。


「そういえば眞崎くんと佳ちゃんって付き合い長いんだっけ?」


「大学から、ですね」


 森園の質問に二人の声が重なった。


「なんだ、仲良しかよ~。ってことは二人って同じ年? この店二年目だよね……今、二四才くらい?」


「あ、いえ……」


「だめですよ、女性の年齢探っちゃ」


 佳が答えは綉にかき消された。


「へえ。眞崎くんって、その頃からこんな感じなの?」


 こんな感じが分からず、佳は小さく首を傾げた。森園がキョロっと綉を見遣る。


「ほら、爽やか好青年? いつもにこやかで、ジェントルマ~ンな感じ」


「……たしかにいつもにこやかで穏やか、ですね。ジェントルマ~ン、なのかな?」


 佳のはっきりしない答えに綉が眉を寄せる。


「佳、そこはさ。いつも優しくて格好良くてステキなのとか言えよ」


「ええ……いや、まあ、それを否定するつもりはないんだけど、私が言葉にするのはちょっと抵抗があるっていうか……」


 森園が声を上げて笑う。


「ふたりともある意味似た者同士だよね」


 佳は自分が綉と似ているとは全く思わない。綉に言われた通り自分は基本的にネガティブだと思うし、にこやかなタイプではないはず。綉は森園が言った通り、確かにいつもにこやかで、穏やかで。声を荒げる姿など見たことがない。あくのない整った顔立ちで、人当たりもよい。誰からも慕われるイメージは出会った頃からある。常連客の中には来店するなり「あれ、今日眞崎くんは?」などと尋ねる者も多い。爽やか好青年なのだろう。


「眞崎くんは、いつもにこやかで穏やか。佳ちゃんは眞崎くんほどわかり易くないけど、基本的ににこやかで穏やかだと思うよ。どっちかと言えばクールビューティー系だけど。ふたりとも感情の振り幅が傍目にわかりにくいよね」


 なるほど、そういう見方もあるのかと佳は目からウロコだった。何に満足したのか森園が嬉しそうにまた大きく頷いていると、入り口の引き戸につけられたベルがカランと音を立てた。

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