7話 偶然の幸運
「や…やっと終わった……」
放課後、誰もいない教室で屍のように、ぐで〜んと溶けている俺。
(…にゃろ、何が雑務だ……)
生徒会の"雑務"は実際やらされた。
そう、そこまでは別に良い。だが、それが終わっていざ帰ろうという時に、なんと香が別の作業に手を付け始めた。
そのとばっちりを食らいなし崩し的に俺も手伝う事になってしまったというわけだ。
「はぁ…ホント碌なもんじゃないな」
愚痴をこぼしつつ時刻を見る。
現在の時刻は18時、夏ということもあり空はまだ明るい。学校から出て帰路を辿る。
時々、近くの家から香ばしい食べ物の匂いと家族らしき者達の声が聞こえてくる。大体の家庭は夕飯を頂いている頃合いなのだろう。
(家族…か)
ハッ、とそこまで考え思考を止める。もうあんな"昔の事"は忘れた筈なのに……
(今日の飯は、もうコンビニでいいか…)
少し疲れてるのかもな、と思いつつ俺の足はコンビニを目指す。
電車に乗って家付近の最寄り駅で降りる。改札を抜け、向かう先はコンビニ。
コンビニの扉に手を掛けて中に入る。
(ん?)
中に入って不思議に思ったのは、レジの方から少し慌てたような声が聞こえてきたこと。
(あれは…那珂花?何やってるんだ)
顔は見えないが、間違いないだろう。
うちの学校の制服を着ているし、まず日本人であんな白髪の女性はいない。
その様子を見ていて気づくことがあった。
それは那珂花が自分の財布の中身を見て落胆しているということ。
そして店員の方も困ったような顔をしていること。……何やってるんだ、あいつは。
何となく話の方向は読めてきた。恐らくだが、現在那珂花は所持金が足りていない。その証拠に先程からカード決済をしようとしてるようだが、"ビー"という音と共に弾かれてしまっている。
(はぁ…まったく)
今日は少々厄介事が多いらしい。
「これでいいか?」
「えっ」
いきなり話しかけられてびっくりしたのだろうか、那珂花すぐに振り向いて、一、二歩下がる。
「木之原…さん?」
「あぁ」
「ど、どうしてここに?」
「買い物に来ただけだが」
俺がそう言って那珂花の手に持っている商品に目を向けると、彼女はバツの悪そうな顔をする。
「あといくら足りないんだ?」
「な、なぜそれを……」
「いや、あんなに慌ただしくしてたら気づくだろ」
「そう……ですか」
「で、いくらだ?」
「……5円です」
おぅ…なんともリアルな数字だ。だが、それくらいなら俺の手持ちの金でも払える。
「ほら……」
「え」
俺が那珂花にお金を渡すと思っていなかったのだろう。
那珂花驚いたようで、どうすればいいのか分からない、という風に慌てている。
「ほれ、さっさと会計済ませろよ。後ろが詰まってるぞ」
俺はそう言いながら、後ろに指を指す。
那珂花も後ろを向くと3名程の客が、まだかといった様子で立っている。
那珂花も喋っている状況ではないことに気づいたみたいだ。
「すみません…お借りします」
「おぉ、気にすんな」
「後で、必ず返すので」
そんなこと気にしなくてもいいのに。那珂花が買うのを見てから、俺も自分の食べ物を探すことにする。
(こんなもんか)
久々のコンビニ、ということもあり大奮発してしまった。
コンビニで食べ物の為だけに二千円も使う奴が俺以外にいるだろうか。おそらくだがいないだろう。
何から食べようか、そんなことを考えながらコンビニを出る。
「あの」
「うぉっ!」
いきなり声をかけられて驚いてしまった。
声のした方を振り返れば、そこに居たのは先程俺がお金を貸した人物、那珂花であった。
「少しお話ししませんか?」
ん?
◇
先程のコンビニの一件から少し時間が経ち、那珂花から話をしようと言われた俺は、彼女の後ろに着いていき、数分歩いて見覚えのある場所に辿り着いた。
「ここは……」
そう、ここはつい先日那珂花の正体を知った際に訪れた公園。どうしてこんなとこに?
「木之原さん」
「ん」
那珂花に呼ばれたので反応する。那珂花はベンチに座っており、ベンチの空いてる場所を手でペチペチと叩いている。
(そこに座れってことか)
那珂花の指示に従い、彼女から人一人分空いた距離に座る。
それからはお互い喋るわけでもなく、ただただ無言の時間が流れていった。
なんなんだ、と思いつつ延々と待ち続ける。
そして、遂に那珂花が口を開いた。
「その……すみませんでした。迷惑をかけてしまって」
「あぁ?あー」
口を開いたと思ったら今度はいきなり謝罪される。
何のことかよく分からず反射で返事をしてしまったが記憶を辿ってみると思い当たるものがあった。
それは先のコンビニでの件。
「さっきのは仕方ないだろ」
「え」
「ほらあれだ、猿も木から落ちるってやつだ」
どんなに優秀な人物でも、失敗してしまうことがある。
当然のことだ。
そちらの方が人間味があり、俺としては信用できる。
何でも出来る人、なんていうのはこの世で一番信用ならないと、俺は思っている。
「ま、突然湧いた幸運とでも思っといてくれ」
自分のことを幸運と言うのはアレだが、実際、俺があの場にいなかったとしても那珂花ならどうにかしていたかもしれない。
今回はたまたま俺がその場に出会したというだけの話。
だから那珂花が気にする必要なんてない。とそんな意味を込めて言ったんだが、那珂花はきょとんとした顔をしている。
あれ、もしかして俺が痛い奴みたいに思われちゃった?ちゃんと説明しないとダメですよね、はい。と脳内ハッピー状態になっていたら、那珂花が「ふふ」と小さくだが、確かに笑った。
……そんなにおかしかっただろうか
「確かに、"幸運"ですね」
「ん?お、ぉぉ……」
おや?案外変に思われていないのかもしれない。まぁ変に思われるより思われない方がマシだが。
「ま、そういうことだ。別に気遣ったりしなくていいから」
「えぇ」
これで良い。
後腐れなく終れるというのが、人付き合いをしていく中で一番大切なことだと俺は思う。
これで今回の件は終わり、一件落着というわけだ。
これで一安心と思った矢先、スマホに一件の通知が入る。
和樹からか、と思いつつ、送られてきた文面を読む。
「あ」
俺はその文面を見て雷を受けたような衝撃を覚える。
「どうしました?」
「あ〜、いや?」
何をもったいぶっているのか?といった感じに俺を訝しげな表情で見てくる那珂花。
と、その時那珂花のポケットに入っているスマホ"も"鳴ったようで彼女の方も"それ"を確認する。
「なぁ……」
「……」
那珂花も恐らく俺と同じ情報を見たのだろう。固まったまま動かない彼女に画面が見えるように前に出す。
「まずいんじゃないか……」
「ですね……」
そこにはこう書いてある。
【この後十九時半より神野真昼の生放送!】
現在時刻は十九時前、移動時間と飯を食う時間を考えると、もう帰らないとまずい。
「行くか」
「ですね」
そうして荷物をまとめた俺達はマンションへと歩を進めるのだった。
来週から、部活週七!?ウッソだろお前!?という訳で逝ってきまs
(その後彼の姿を見た者はいない)
追記:更新遅くて申し訳ない
木之原君は、何気なく自分のことを幸運だって言ったつもりなんだろうけど、那珂花さんの方がそれをどう捉えたか……ですね。