5話 家政婦
あれから俺達は流石にずっと外に居るのはまずいだろうということで、マンションのエントランスまで戻ってきていた。そこにマネージャー(?)であろう岩水さんが来たという形だ。
「顔を上げて下さい岩水さん」
先程俺と話していた時とは違う、優しい声音で岩水さんに話しかける那珂花。
その那珂花の言葉に反応して恐る恐るといった様子で岩水さんは顔を上げる。
「本当に…どうお詫びしたらよいか……」
「起きてしまった事は気にしても仕方がありません。それよりも、これからどうするかを考えていきましょう。ほら立って下さい岩水さん」
今にも涙を流しそうな岩水さんに対して、那珂花は随分と達観しているようだ。
那珂花は岩水さんを立たせて話し合いを始める。事務所への対応や、岩水さんがどういう風に立ち回っていく、それを決めたところで、那珂花の視線がこちらに向く。
「そして木之原さんへの対応についてですが…」
息を飲み込む。ようやく俺の番が来たようだ。
「私の動画のスタッフとして雇いたいと思います」
…ん?
「え?」
俺の代わりに声を発したのは、岩水さん。だが、彼女もこれを予想していなかったのだろう。
俺と同じように口を開けて、更には素っ頓狂な声まで上げてしまっている。
(というか、今の発言はマジなのか?)
俺がこう思ってしまうのも無理のない事だと思う。いきなり部外者の俺をスタッフとして雇うなんて、だいぶおかしな話だ。
「え?ではありませんよ岩水さん。木之原さんは私の正体を知ってしまった。それなのに放置しておくのは危険でしょう」
那珂花はそのまま話を進めようとするが、俺はまだ話に着いていけてない。
「ちょっ、ちょっと待った!」
「…なんです?」
このまま話が進むのは危ないと思い待ったをかけるが、那珂花の方は不満そうだ。とりあえず俺の意見をしっかり述べる。
「いや、さっきから話の先が全く見えないし、部外者の俺をスタッフとして雇うなんておかしいでしょ」
「そ、そうですよ。いくらなんでもそれは!」
俺は那珂花に対して、誰から見ても至極真っ当な事を言う。岩水さんも俺に続くように発言するが、
「だって、見張ってないと危険でしょう?」
那珂花が俺を見ながらそう言う。
「ですが!年頃の男女を一つ屋根のsーん“ん“っ同級生を雇うというのは…」
岩水さんもすかさずそう言うが、ーーって、おい今なんて言いかけた?岩水さんのことを凝視する。
もしかして変態さんか?
「…それにスタッフと言っても、それは建前ですよ。第一木之原さんがVtuberの機器関連に詳しいとは思ってませんし」
なんだか小馬鹿にされたような気がしないでもないが、まぁいい。
呆れたような目を岩水さんに向ける那珂花だが、俺をスタッフとして雇うと言ったのは、どうやら建前のようだ。はて、では一体何を?
「では、一体何を」
おぉ、岩水さんも俺と同じような事を思っていたようだ。
岩水さんは、那珂花の方を見ながら質問する。
「そうですね、実際には木之原さんをを家政婦として雇います。木之原さんにはお給金を与える代わりに私の情報を守ってもらうというのはどうでしょうか」
なるほどな、と思った。確かにこれなら俺が那珂花関連で問題を起こしてしまったとしても、すぐに訴えることができる。
「なるほど…まぁそれなら……ですが、きちんと上には報告させてもらいますからね」
「えぇ」
しぶしぶと言った様子だが、岩水さんも一応納得してくれたようだ。
俺のことを全く考慮していないように思えるが、この際気にしたら負けな気がしてきたので、もう気にしない。
「さて、木之原さんもそれでいいですか?」
那珂花と岩水さんがこちらを向いて確認してくる。
話もかなり進んでしまっている。
ここで断って話をややこしくするのも面倒だ。……腹を括るしかないか。
「…わかった」
「では、後ほど書類を送るのでそちらに記入を」
それから一通り話し終えた岩水さんは、事務所の方へと説明しに行かなくてはならないということで、死にそうな顔でこの場を去っていった。
…本当に大丈夫なのだろうか?
「木之原さん」
「ん?」
那珂花に背後から呼ばれたので振り返る。
「これからよろしくお願いします」
「…あぁ、よろしく」
いきなりのことに少々驚いたが、俺も那珂花と同じように言葉を返す。
話はこれで終わりだと言わんばかりに那珂花は背を向けてエレベーターの方へと歩いていく。
(はぁ…ったくなんでこうなった……)
那珂花の背を見つめながら、そんなことを思うのだった。
感想等よろしくお願いします。