2話 仕事
「えぇと…どちら様でしょうか?」
「え」
どうしようかと迷っていると、那珂花からそんなことを言われた。
その様子を見てみると、こちらを訝しげな瞳で見ており数歩後ろに下がっている。
その警戒したような態度で、俺の正体に気が付いていないことが分かった。
「あー、隣に住んでる木之原と言います。いきなりすみません」
素性を明かせば警戒は薄れるかなと考え、自分の正体を告げる。
那珂花はそんな俺のことをジッと視ているが、おそらく俺の着ている服を見て同じ学校の生徒という事に気付いたのだろう。なるほどといった様子で、こちらに顔を向けてくる。
「そうでしたか、これから此処に住むことになった那珂花と申します。これからよろしくお願いします」
そう言われたので同じように「こちらこそ」と返せば
「では」と言って彼女は自室に戻っていく。
なんとも淡白な反応だ。
普段から関わりがない分、当たり前といえば当たり前か。
ま、俺もいつまでも外に居るわけにもいかないので自室へと入るとしよう。
さて、さっきは一悶着あったが、それはそれとして"今日の仕事"をするとしよう。
自室のパソコンを起動してヘッドフォンを装着し配信ボタンを押す。
「こんヒロー という訳で、今日も今日とてやってまいりました!!どうもヒロです!」
〜コメ〜
『こんヒロー』
『こんヒロ〜今日はちゃんと配信に間に合ったのか(笑)』
『こんヒロー今日何すんの?』
『こんヒロ〜』
こういった具合でコメントは流れていく。
そうそうまだ言ってなかったな。
俺の仕事はというと、皆ご存じのVtuberだ。とは言っても登録者七万人程度の個人Vだけどな。
「今日はこのゲーム!スーパーマ◯オ64やってくぞ!!」
そう宣言して画面を表示すると、コメントの流れるスピードが若干早くなる。
〜コメ〜
『なっつ!!』
『これまた、懐かしいゲームを…』
『あんた、この世代じゃないだろ(笑)』
コメントでの反応は様々
「うるせぇ!ゲームに世代は関係ねぇやい!!」
流れるコメントに反応しながらゲームを始めた。
〜2時間後〜
「じゃ、今日はこの辺で終わっとくか」
流石に目が疲れてきたようで、俺はそう言ってゲーム画面を閉じる。配信をしている度に思うことなのだが、やはり1日何十時間も配信をしている人たちなんかを見ていると、すごいなと思ってしまう。
俺も頑張ってはいるが、このご時世企業Vなんかは登録者数十万人なんて余裕で超えてしまう。
個人Vなんて見つけてもらうのが困難なほどだ。
それでも、今着いてきてくれてる人を裏切るようなことはしたくないと考えてしまうあたり、俺はまだまだ甘いのかもしれない。
〜コメ〜
『おつヒロー』
『おつヒロ〜』
『おつヒロ〜、明日は配信の予定あるの?』
ゲームは終了したが、まだ時間があるので、コメントなんかを読み上げる。
「んー…今のところその予定はないなぁ。なんなら今中間考査前だから、正直に言うと配信してる余裕があんまりない」
そう、今は中間考査前なのだ。
実はこんな悠長にゲームをしてる時間なんて無かったりする。
俺のその発言にコメントのスピードが加速する。
〜コメ〜
『おい(笑)』
『コラ!高校生(笑)』
『いや草』
『ちゃんと勉強はしておけ〜?いつか後悔するぞ…俺みたいにな……』
『あ、察し』
なんだか後悔してる奴も居るようだが、そっとしておこう。
「ははっ、分かってるよ!じゃまたな〜」
そう言って配信を終了した。
「よし、風呂入って寝るか。今日は神野の配信もないしなー」
一人でそう呟く。今日は推しの配信がないからさっさと寝ようと思う。勉強?知らんな。明日も学校か…
はぁ…と溜息をついて風呂の準備をする俺であった。
誰も主人公がVtuberでないとは言っていない。