上司の錬金術師様を助けたいのに、今日も錬金植物のツタにつるされています。
落ちこぼれ錬金術師の私の上司は、錬金術協会の最高峰、筆頭錬金術師だ。
スクエアの眼鏡がとてもよく似合う、冷たいのに目が離せなくなる切れ長の青色の瞳。
シルバーブルーに輝く髪の毛。時に酷薄な印象すら受ける薄い唇。
けれど、私は知っている。
ディール様は、研究にしか興味がなく冷たく見えるけれど、本当はとても優しいのだと。
「とりあえず、報告書を出せ」
今日も、眼鏡の位置を直しつつ、こちらに疲れたような顔を向けたディール様。
あまりにピーキーな植物錬金術しか使えない私を拾い上げてくださったディール様。でも、私は残念ながら今日も失敗してしまった。
……その前に、助けてはいただけませんか?
意思を持つ植物オレラリアちゃんの蔦が、胸のあたりと太ももを締め上げて苦しい。
逆さまに吊り下げられたままの私。助けてくれる様子のなかったディール様が、おもむろに小瓶を意思を持つオレラリアちゃんに投げつけた。
その瞬間、私を捉えていた意思を持つ植物ちゃんは、焼け焦げて灰になった。
スカートの裾が燃えてしまった以外は、私は無傷で、意思を持つ植物ちゃんだけが灰になるなんて、ディール様の腕には感嘆しかない。
しかも、宙ぶらりんの状態から落ちてきた私のことを、当然のようにディール様は抱き留めてくれた。
神秘的なシルバーブルーの髪と、深遠な青い瞳をした、美しい筆頭魔術師。
きっと、このお方に全婦女子が恋に落ちるに違いない。
けれど、私の視線は、灰になってしまった意思を持つ植物ちゃんに釘付けだ。
「うっうぇええん」
「おい、どうした」
「丹精込めて育てた、オレラリアちゃんが、灰に……」
「おい、お前が部屋中蔦だらけにした上に、捕らえられているから助けたのだが?」
シルバーブルーの髪の毛。青い瞳が、不機嫌に細められた。
「この惨状を見ろ。もう何度だ」
「っ、12回目です」
「いや、13回目だ」
「……13回目」
「そう、13回目だ! ミラベル。どう植物を配合すれば、意思を持つ植物なんてものが毎回できあがる。しかも、なぜ毎回襲われる?!」
もう、そんなにも失敗してしまったのかと、ふらふらと灰の山に歩み寄り、膝をつく。
タイムリミットだ。プロローグでは、13回目の実験を失敗した落ちこぼれヒロインが描かれている。
淡い桃色の髪と、空色の丸い大きな瞳。ヒロイン、落ちこぼれ錬金術師ミラベル。
ディール様を、助けたいのに。
私の涙が、ぼたぼたと色気もなくオレラリアちゃんだった灰にこぼれ落ちた。
なぜか、金色に輝いた灰。不思議に思って、片手で握りしめる。
「――――万能薬の原料、意思を持つ植物オレラリアからしかとれない、黄金の種」
「何を言っている?」
「間に合わない。一体何が足りないの」
灰がちょっと光ったからといって、何だって言うの。
実験は失敗だ。間に合わなかった。
この世界が乙女ゲームなのだと気がついてから、懸命に錬金術師の頂点を目指した。
植物が魔物に変わるこの世界の設定。
瘴気を発し続ける植物ダークネスが現れ、プロローグで危機に陥っていたヒロインは、錬金術師ディール様に助けられる。
「……どうしたんだ。お前らしくない」
涙に濡れた顔を上げれば、珍しいことに困ったような顔をしたディール様が、私のことを見下ろしていた。
「ディール様、瘴気を発する植物が出現したらしいですね……」
「は?」
困惑していたディール様の視線が厳しいものに変わる。
「ミラベル。お前一体どこでその情報を? 特級国家秘匿情報だぞ」
「……解決せよとのお達しが届きましたか?」
ディール様は、ヒロインを助けた後、身代わりに瘴気を受けて、命を落としてしまう。
人類が滅びを迎えようとする世界で、ヒロインは姿を変えてしまった植物と戦いながら、ヒーロー達と出会い、愛を育んでいく。
序盤から、いきなり命を落としてしまうディール様。
私の推しであり、乙女ゲームのプレイを断念させた張本人。
つまり私は、この乙女ゲームのシナリオをよく知らない。
ただ、チュートリアルの中で語られていたのは、意思を持つ植物オレラリアからとれる、黄金の種だけが、瘴気に犯された人を助ける唯一の万能薬ということだ。
……転生してヒロインになったのに、私のせいでいきなり推しが死んでしまうなんて許せない。
「…………ディール様。私、錬金術協会を退会します」
「え?」
珍しく驚いたような顔をしたディール様。
ヒロインである私、ミラベルとディール様は、師弟関係という設定だ。
落ちこぼれ錬金術師ミラベルに、冷たいようで熱い情を注いでいた師匠ディール様の死。
それが、ヒロインを大きく成長させていく。
――――師弟関係を解消すれば、もしかすると。
……あれ? どうして、そんな顔。
ディール様は、どこか傷ついたような顔をしている。
でも、私はもうこの場所にいることは出来ない。
「……実は、始末書とともに退会届を書いてあるんです」
「……どうしてだ。あんなに錬金術を愛していたじゃないか」
違います。私が愛していたのは、錬金術ではなくて……。
ディール様の、命を助けるために、必死に錬金術を学んでいただけで……。
「愛していました」
そう、ディール様は、言い方は冷たくても、絶対に助けに来てくれる。
私が失敗して、危険な目に遭うと叱るけれど、解決策を一緒に考えてくれる。
身寄りのない私を、いつも気に掛けてくれる。
「――――私」
これ以上ここにいたら、決心が鈍りそうで、くるりと向きを変えて、錬金術協会の建物から飛び出す。
「あ」
けれど、私は思い出せていなかったのだ。
黒い雲が立ちこめる。ただの雲じゃない、瘴気。
13回目の失敗にショックを受けたヒロインが、外に出た瞬間に襲われるところから物語は、本格的に始まる。
乙女ゲームのヒロインが作り出そうとしていたのは、初級植物ポーションで、私が血と汗と涙を降り注いで研究していた万能薬とは全くレベルが違うものだけれど……。
もちろん私は、蔦に絡みとられて、逆さまにつるされていた。
いつもの、意思のある植物ちゃん達とは、比べようもないほど強く絡みつかれ、内臓が飛びでそうなほど苦しい。
それに、瘴気。
ターゲットを蝕む瘴気で攻撃を受ければ、万能薬がない限りひとたまりもない。
「ミラベル!」
あんなに焦った顔をすることもあるのかと思うくらいのディール様の表情。
見たくなかった。どうして私は、12回目でそばを離れなかったのだろう。
落ちこぼれ錬金術師の私が、師匠の死なく成長できるはずないのに。
「来ないでください!」
「…………」
途端に蔦の拘束が緩んで、私は地面に投げ出される。
瘴気が、私の体めがけて、黒いつららのように形を変えて降り注ぐ。
その瞬間、バシャンッと音がして、瘴気をまとった植物ダークネスが燃え尽きた。
そう、私の師匠はとても強いのだ。
公式の設定では、確実に登場人物最強というくらいに。
そして、一番かっこいい……。
「どいてください!」
「馬鹿か。弟子を守らない師匠などいない。たとえ、ミラベルが離れていこうとしても、俺は」
瘴気が、ディール様の背中に突き刺さった。
「――――ディール様!」
握りしめていた、灰がハラハラとこぼれていく。
思わずその背中に手を回して、抱きしめる。
「……無事か?」
「……はい」
「そうか」
ディール様が、私のことを安心させるみたいに笑った。
泣くことも出来ない私を前にして、冷たくなった手のひらが私の頬に触れる。
「……よかった」
倒れ込むディール様にすがりつく。
「やだ! ディール様!」
抱きしめた体が冷たくなっていく。
どうすることも出来ない私は、ただ震えながら抱きつくしかない。
その時、こぼれ落ちた灰から、一本の芽が生えた。
それは、あっという間に太く長くなって、私の足に絡みつくと、私のことを逆さまにつり上げる。
「きゃ……!」
「ミラベル……」
ディール様が、私に手を伸ばし、かろうじて私の手を掴んだ。
その瞬間、ディール様にまで蔦が絡みついて、私たち二人を持ち上げる。
「…………ディール様」
「さっさと逃げろ」
手に持った小瓶をディール様が、私に押しつけてくる。
このままこれを使ったら、ディール様も私も、下に落ちてしまう。
「……もう、いいんです」
「――――ミラベル」
とがめるような、かすれた声。
意思のある植物ちゃんオレラリアとまっすぐ向き合う。
しょっちゅう蔦でつるされていたけれど、私にとっては戦友のような存在だ。
そして、私の手を離すまいと掴んだままのディール様に向き合う。
「好きです、誰よりも」
「……馬鹿だな、そういうことは先に言え」
その瞬間、意思のある植物ちゃんが黄金に光り輝く。
「え?」
蔦の先には金色の種子。
そのまま、ディール様の口に無理矢理押し込まれる。
今になって思い出す。
意思のある植物オレラリアちゃんには、愛を注ぐのだ。
攻略対象者との愛によりたまったパラメーターの力を注ぐことで、オレラリアちゃんは金色の種子を与えてくれる。
黄金の種子を、無理矢理飲み込ませた直後、オレラリアちゃんは再び灰になっていく。
頭から落下する私は、ふんわりと抱き寄せられ、次の瞬間、私たち二人の足首に、最後に残された蔦が絡まり、衝撃が緩和させる。
「助かった……? ディール様、無事ですか?!」
「く、あんなもの食べさせられるとは」
そんなことを言いながらも、私の無事を確かめるように、頭から腰まで大きな手が滑り落ちていく。
「無事か……」
「ディール様!」
抱きついた私を、ディール様が抱きしめ返す。
たぶんこれは、エクストラルートの始まり。
師弟関係は、まだ続く。私たちが違う意味でゴールインするまでは、もうすこし時間がかかるのだった。
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