第6話 俺の先生は、凄腕ハッカー!?
「そういえば、二人は何かクラブに入るの?」
もう昼休みもそろそろ終わりという時に、サーニャがふと口にした。クラブというのは、日本で言う部活動だろう。
「私はイヤーブック委員会に入る予定だよ」とアリソンが言うので、イヤーブックとは何かと聞いたところ、
「イヤーブックって、卒業アルバムみたいなものかな。一年通していろんな写真を撮ってね、最後に一冊の本にまとめるの。インタビューしたり、後は制作のためのスポンサーを探しに回ったり、結構色々やることいっぱいあるらしいよ〜。でもさぁ、自分達が一年かけて作ったイヤーブックが、ずっとみんなの本棚に残るわけじゃない? それって素敵だなぁって思って」
「タカは日本では何やってたんだ?」とサーニャが聞くので、
「うーん、剣道はやっていたけどなぁ」
「すげぇ! ケンドーってあれだろ、刀で忍者を切ったりするやつだろ」とサーニャは目をまん丸にして驚くので、俺は呆れて手を振った。
「いや、サーニャが思っているようなのと全然違う。サムライもニンジャもゲイシャも出てこない。めっちゃ汗臭い防具を身に纏って、でっかい声出して素振りするだけの毎日だよ」
なんだ、とつまらなそうにサーニャが鼻を鳴らすと、
「じゃあタカ、お前フリーってこと?」と問いかけてきた。
「フリーっちゃフリーだけどさ。アメリカじゃ剣道部なんてないだろうし」
「じゃあお前、一緒にパソコンクラブ入ろうぜ。俺、情報機器大好きなんだよ。スパイみたいでかっこいいじゃん? 放課後に覗きに行くから、よかったらおいでよ」
かくして俺はサーニャと一緒にパソコンクラブを見学しに行くことになった。
一日の締めくくり、六限後が終わると俺は待ち合わせ場所である図書室へと向かった。
パソコンに興味が全くないわけではないが、とはいってすごく関心があるわけではない。日本にいたときはスマートフォンで日々のニーズは完結していたし、父親の方針で中学の頃から自分のノートパソコンを持っていたものの、ちょっとした調べ物に使う以外はほとんど動画再生機となっていた。
「ピアノよりはタイピングを学んだ方がいいぞ」という、楽器メーカーの人間とは到底思えない発言をする父親の意向でパソコン教室に小学校から通っていたこともあり、使いこなせないと言うことは全くないが、しかし小学生・中学生でパソコンを必要とする用事はほとんどなかった。そして高校生になった現在も、特段パソコンが必要なこともほとんどない。
とはいえ、アメリカの学校では手書きではなくパソコンで文書を作って提出することが求められるものも比較的多いそうなので、今後ほとんど出番がない、と言うことはないだろう。
――しかしパソコンクラブとは一体何をするところだろうか。あまりマニアックだとついていけないな、と心配しながら、俺は図書室の中にある、パソコンルームのドアを開けた。
「おや、オギャーサワーワーじゃないか」と俺を出迎えてくれたのは、顎髭で腹が突き出した中年男性。美術教師のミスター・カーグであった。
「お〜、来たか、タカ。聞いて驚くぜ、ミスター・カーグって元NSAなんだってよ!」とサーニャがカーグ先生の後ろからひょっこり出てきて、自分のことのように得意げに言う。
「NSAってなんだ?」と問い返した俺を心底残念そうに見てため息をつきながら、サーニャは両手を天秤のようにしてやれやれと言う。
「NSAはアメリカの国家安全保障局だよ! 国の情報機関だぜ、超すごくねぇか?」
「あー……」と俺は同意しかけるものの、何がそんなにすごいのか、この国の行政機関のあらましが全く頭に入っていない俺には何の言葉も出てこない。
「別にすごかねぇさ」とカーグ先生は顎髭を触りながら言った。「堅苦しいことよりもよ、子供達に囲まれて美術とか教えながら暇な時間にサーフィンする方が好きだったってわけさ」
「カーグ先生は、すごい経歴の持ち主だったんですね」と俺は最大限、敬意を払って言った。するとカーグ先生は大笑いした。
「まぁ、教育委員会を騙くらかす分にはちょうどいい経歴だな」と彼は笑いながら言うと、部屋の中を指差した。図書室の中にさらに区分けされているこの小さな部屋には、デスクトップ型のパソコンが全部で八台並べられており、奥にはちかちかとランプが点滅している大型のパソコンが置かれていた。「元NSAって言ったら、じゃあここを任せますねって、学校のサーバー室の運営まで任されちまった。んで今は、パソコンクラブで悪ガキどものお守りよ」
見れば、後ろで学生は三人ほど、デスクトップパソコンの前に座って何やらワイワイやっている。
「……ゲーム?」と俺が言うと、サーニャが頷いた。
「すげぇぞ、タカ。このマシンめっちゃハイスペックだぜ。高級グラボとか積んでるし、クラウドサービスも大体契約されている。遊び放題だぜ!」
「パソコンクラブって、パソコンゲームするクラブだったのか」と俺が呆れて言うと、先生がばつが悪そうに訂正に入る。
「いやぁ、そんなわけじゃないんだがな。パソコンの組み立てとか、保守とか、後はサーバーの運営の方法とか、必要だったらなんでもやるんだぜ。でも、どっちかというと、たまたまゲームやりに来てるやつらが多いって感じだな……」
それを放置しているのもどうかと思うが、なるほど自由な国らしいといえばらしいのかもしれない。
「学校のサーバーって、何に使うんです?」と俺が聞くと、カーグは嬉しそうに答えてくれた。
「そうだな、例えば勤怠管理とかかな。ちゃんと生徒が出席してるかとか、そういう情報を中央サーバーで集めている。後はイントラネット――つまり、学校内だけで使えるインターネット環境だな――これを作ったりしている。お前らが家で見ている普通のインターネットのサイトとかにももちろん繋げられるんだが、変なウイルスとか入ってきたら困るからな、見ることはできるけど中に持ち込むことはできないようになってんだ。ダウンロードとかもできないってわけ。まぁ、難しい話はともかく、そう言う特殊な環境を維持しているわけだな。後は……あぁ、例えばテストの成績とかも全部共通システムで先生たちが入れてるから、そう言うのを管理しているが、悪いことを考えるなよ? これは俺だって管理できないように、教育委員会レベルでセキュリティ管理してるからな」
「カーグ先生、この辺の使っていい?」と後ろでそわそわとしていた銀髪の少年は話に早速飽きたのか、奥にあるデスクトップパソコンを指差した。
「あぁ、壊すなよ」とカーグが言うが早いか、サーニャは早速すっ飛んで行って、ゲームサービスを立ち上げていた。
「なんて言うか、すごいですね……日本じゃまずこんなのなかったなぁ」と俺が言うと、カーグ先生は目を細めて、俺の肩に手を置いた。
「お前はよくやってるよ、オガーサラーラ。心配するな。知らない環境じゃあ、大変だろうけど、何かあったらここにいつでも来いよ」
「え? ええ、わかりました……でも俺は、あんまりゲームに興味がないんですよね。サーニャが来たいって言うから、見学に来た感じで……」
俺が気まずそうに言うと、カーグは笑って俺の背中をぽんと叩いた。
「いいよ、いいよ。何か調べ物とか、パソコンで分からないことがあったら言ってくれ。あと、気に入らない先生とかいたらな」
「その先生のパソコンをハッキングして壊すんですか?」と俺が大真面目に言うと、先生は一瞬きょとんとしてから、大きな腹を揺らして笑った。
「そりゃ犯罪だ」とカーグ先生は言うと、ウインクして続けた。「でも、そいつのプリンターにひたすらテスト印刷コマンドを送って、授業中に無限に用紙が出るようにしてやってもいい。先生は、この学校のプリンターマスターだからな」
幼稚すぎるが地味にいやらしい悪戯に、俺は思わず吹き出してしまった。