第31話 ピンチに助けに来たのは、まさかのあの人物・・・!?
「なかなかこねぇな」
「トラブってんじゃないか?」
「まさか、ドーシーがそんなヘマするか?」
「するんだよなぁ」とサーニャは笑顔で二人に手を振る。
ケンジントン・ハイスクールのキャンパスの端、駐車場の隅で月光を浴びて鈍く光るセダンの前に座り込む二人組の前に、銀髪の少年が現れる。
「オメェ、さっきの……また殴られに来たのか、オイ」とマシューズが立ち上がり、拳を構える。
「あぁ、残念ながら、お前の相手は俺じゃない」とサーニャは嬉しそうに言う。「こう言う時、日本のアニメでなんて言うんだったっけ? ああ、そうか。『お前はもう死んでいる』、な」
「なんだと?」
殴りかかろうとした瞬間、まるで奇術のようにマシューズの体が軽々と浮かび上がる。隣のベルチャーも一緒に、突如として無重力空間に連れてこられたかのように足が地面を離れる。
「俺の息子に随分な挨拶をしてくれたようだな」
腹に響くような重厚な声。月光になびく銀髪。黒い警備服に身を包んだその大男は、少年たちの襟首を掴んで、軽々と持ち上げていた。
「お前は……?」とベルチャーが苦しそうに首を持ちながら言う。
「ルイプキン・セキュリティ・サービス、チーフ・セキュリティ・オフィサー。イヴァン・ルイプキンだ」
大男はそう言うと、二人をまるでビーチボールを扱うかのように、ぽいっと空中に放り投げる。マシューズとベルチャーは空中で犬かきをするかのように手足をジタバタさせながら、腰からアスファルトに激突する。
「以後、お見知り置きをな」
――サーニャから連絡が来たのはつい先ほどのことだ。
ダンスパーティーが終わった後もキャンパスから出ず、機材置き場で何故かエアホーンを爆奏した後、腹を押さえて倒れているところを職員に見つかったサーニャは、早速親を呼び出されたらしい。
サーニャの父、イヴァン氏は高速でその場に駆けつけ(文字通りダッシュして来たらしい)、ひとしきりサーニャを「教育」した後、泣きじゃくる息子にことの顛末を聞いてトリクシー救出に乗り出したらしい。
とはいえ、トリクシーがどこにいるかはわからない。
俺たちはカーグ先生たちの後を追いかけ、抜け殻のようになっていたドーシーから、二人組がここに居ると聞き出した。
マッチョマンのイヴァン氏によって、二人は簡単に確保されたと言うわけだ。
「お前ら、なんで此処にいたんだ?」と俺がイヴァン氏によって押さえつけられているノッポと小太りに聞く。
「へっ、ドーシーのやつにここを見張っておけって言われたんだよ。印刷がちゃんとできているか確認しに行くって。その後、分け前をもらえるってよ……」ノッポが悔しそうに口を開く。
「分け前?」
「はっ、喋るかよ!」とニキビ面の少年は強がるが、そうはイヴァン氏が許さない。
「おっと、手が滑ってしまった」とわざとらしく言うと、巨漢警備員はぐるっと少年の手首を捻る。
「痛ったたた! わかったよ! 言うから、離してくれ!」と涙を浮かべてノッポが痛がる。「写真だよ、俺たちも写真をもらえるって聞いたんだよ」
「写真を? 何に使うつもりなんだよ」とサーニャが噛み付く。
「そりゃお前……それ使えば、あの女が何でも言うことを聞くだろうって……」
「最低だな」と俺が吐き捨てるように言うと、イヴァン氏が二人を抱えて、校舎の方へと向かっていった。先生たちに引き渡してくれるらしい。しかし二人を抱えてずしん、ずしんと歩いていくサーニャのお父様に比べると、どうして息子はこんなにちんまりしているのだろうか……。
校舎では、カーグ先生とアリソンが他の職員を連れて既に待っていてくれた。二人が引き渡されるのを見届けると、先生は大きくため息をつきながら、肩をぐるぐると回す。
「あぁ、疲れたな……先生、ダンスパーティのライトの調整までやっていたんだぜ。機械に強いんでしょ、って校長に言われてな。機械なら何でもできると思ったら大間違いだぜ」
俺とサーニャが笑うと、先生はそうそう、と続ける。
「トリクシーの保護者と連絡ついたぞ。特に問題はないらしいが、念の為医者に診てもらっているらしい」
「そうだったんですね、いつの間に帰宅していたのか……」と俺が言うと、先生は首を振る。
「帰宅っていうのはちょっと語弊があるな。どうにも、今日の夜にすぐ移動する予定だったらしくてな。ダンスパーティが終わる十時ちょうどに迎えが来る予定だったんだ」
「そうか、だからこんな面倒くさいことをしたのか」とサーニャが言う。「その、写真を撮るだけだったらよ、別に何もパーティー中にこっそりやらなくても良かったもんな」
「でも、今日の夜に移動って、随分早いねぇ」アリソンが不思議そうに言う。
「さぁ、まぁ天下の大女優様なんだから、何かしら用事があったんだろうよ」とカーグ先生は顎髭を触りながら言う。「ほれ、ビューティフルなトリクシーだからよ」
俺が反論しようと口を開けると、先生は後ろを指差す。
「お前らのお迎えも来たぞ」




