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第3話 あの金髪美少女の正体はまさかの・・・!?

「ヘイ、オギャーサワーラ」と後ろからポンと肩を叩かれた。


振り向けば、人生で初めて見る銀髪――プラチナ・ブロンド――が爽やかなカリフォルニアの陽気でなびいていた。俺より頭一つ分ほど低い、小柄な少年がポケットに片手を突っ込みながら、自由な方の手で俺のことをツンツンとつついていた。「お前、勇気あるな!」

「あー……」と俺が言い淀んでいると、彼は笑いながら頷いた。

「俺はサーニャだ。サーニャ・ルイプキン。さっきのクラスで一緒だったよ。よろしく」と彼が差し出してきたのは、やはり俺よりも一回り小さい手だ。俺は日本ではあまり背が高い方ではなかったし、アメリカであればなおのことだろう。つまりこのサーニャくんは相当に小さいことになる。同じ学年だよな?


「タカノリだ。えっと、サーニャってロシアン?」

「血筋はね」と彼は笑った「でも俺はアメリカ生まれ。よくわかったね」

「いやぁ……あ、でも」


「『でも、サーニャって女の名前なんじゃ』だろ?」


「すご」と俺は短く言った。こいつ、ソ連時代に開発されたマインドリーディングができるサイボーグか何かか?

「やっぱり、ジャパニーズにはそういう反応なんだよなぁ。()()()()()()()が本名で、サーニャは愛称なんだけど、成人するまでは、って愛称でずっと幼稚園から名前を登録していたものだからね。アレクサンダーの愛称はサーシャでも良いんだけど、俺の親は俺のことをサーニャって呼ぶのさ。で、それに突っ込んでくるのは日本人だけ。アニメだと『サーニャ』って大体女の子なんだろう?」

「そういうことか」と俺は頷いて、「そうだね、俺が見たアニメだとサーニャは女の子の名前だった。でも、どっちでも良いんだな。難しいな、ニックネームか」


「日本にはないの?」と俺らはいつの間にか肩を並べて歩いていた。サーニャも、次の授業の方向は同じらしい。

「うーん、あんまり。親にはタカノリの頭をとってタカって言われたりするけど、それぐらいかな。()()()()とかそんなのじゃないし」

 するとサーニャはまだ声変わりしていない甲高い声でけらけらと笑って、俺の肩を叩いた。

「じゃあ俺がタカノリのことをターニャって呼ぼうか!」

「遠慮するよ。で、なんだっけ、俺が勇気あるって?」

「そうだよ! お前、トリクシーにビューティフルとか、む、胸がでかいとか……」と彼はもう堪えきれないという具合に笑い出し、俺の肩をさらにバンバンと叩いた。「あぁ、ごめん、俺、次の授業こっちなんだ。ジオメトリー。同じ?」

「違う、俺は二限目は世界史」と俺は暗記こそしているものの不安になってポケットから時間割を取り出して、確かにWORLD HISTORYと書かれていることを確認してから頷いた。

「そっか、じゃあ、また明日な!」とサーニャはくすくすと笑いながら、スキップするような足取りで去っていった。


 俺が恐れていたのは友達が一切できないことだったので、サーニャとの会話は俺の恐怖で冷えかかっていた心を幾分か温めてくれた。積極的に人に絡むことはしたくないし、目立つことも避けたいが、とはいえひとりぼっちなのは相当に苦しい。一人や二人ぐらい、他愛のない話をしたりできればいいものだ。そう考えると、俺は日本でかつて過ごしていた学生生活をそのままこの異国アメリカでも再現したかったのかもしれない。


 体に対して随分と大きいリュックサックのストラップを両手で押さえながら、忍者のように上半身を固定して素早く駆けていく小柄のサーニャを俺は横目で見つめながら、俺は次の世界史の教室へと入っていった。



 アメリカの教育システムは確かに目新しいが、授業の内容自体はそれほど日本と変わるものではなかった。無論、ディベートとかプレゼンテーションとか、個々人の発話が求められる場面も今後は当然出てくるのだろうが、基本的に学ぶ範囲は似たようなものである。もちろん、世界史の内容が日本とアメリカで大きく違っていたらそれはそれで問題ではあるのだが。

 科目ごとに違う教室、違うクラスメートというのは確かに異質には感じるが、そのような移動教室システムやカリキュラム制度を取り入れている日本の学校だってあるだろうし、それこそ大学にいけば似たようなものだろう。教室の中で交わされる言語が英語であるということ以外は、アメリカの授業に慣れる日が来るのは早そうだ。

 しかし、カルチャーは違う。


 文化的な違いというのは学問領域の違いよりも大きい。さながら高い高い山脈のように立ちはだかるものである。海ひとつ渡ってしまえば、こうまでも風土が変わるものだろうか?

 制服というものはなく、服装は自由。髪型も自由。鞄も自由。紙と鉛筆でノートを取っているのは俺ぐらいなもので、タブレット端末を持っている奴もいるが、基本的にはみんな手ぶらで授業を聞いている。飲み物を飲んでいる奴だっているし、堂々とスマートフォンを出している奴もいる。

 だからと言って「学級崩壊」というわけではない。私語をする生徒はいるが、どちらかというと「そういうスタイルで勉強している」といった具合で、それぞれが自由に、しかし同時に「真面目に」勉学に励んでいる。まぁ一部サボっている奴もいるが。

 つまり学べさえすれば正解はないのだ。

 制服に身を包んでいても、谷間が露わになっている際どい服を着ていようと、勉強は自由なのだ。


 ……いや、谷間は隠そうよ……目のやりどころに困る。発育の良さというのも日米でここまで違うものなのか?



 しかし見渡してみれば、なんてことはなく、金髪もいれば黒髪もいるし、さっき話したサーニャなんて銀髪である。デカイのもいれば小さいのもいるし、俺と同じアジア系も多い。都会である東京に住んでいたとはいえ、一度にここまで多くの「外国人」を見るのは初めてでどこか頭がクラクラしそうになるが、しかし俺だって向こうからしてみれば「外国人」なのだろう。いや、むしろこれだけ多くのバックグラウンドの人が一堂に会している空間を前にしてみれば、「外国」なんて感覚すらないのかもしれない。


 その環境が珍しく、面白く、そして刺激的で、俺の高校初日はあっという間に過ぎていったのであった。


***


「でね、その子レイカって言うんだけど、お父さんの仕事で奈良から一昨年引っ越してきたんだって。英語もチョー綺麗なの。私ももっと真面目に勉強すればよかったなぁ」

「そうなんだ、でも日本人の子がいてよかったわね。他の子はどう? アメリカ人の友達とかできた?」

「んー、まぁ、初日だし? あんま真剣に喋ってないけどさ、でも良さげな子とかいたよ、うん。っていうか、科目ごとに教室変わるし、全員覚えられる前に次の学期になってそう。お昼とかはみんなで食べようって約束したけどさ」

「かわいい友達ができたら今度うちにも呼びなさい」


 食卓で交わされる、妹の入学初日の話題。友達ができたと喜ぶ妹。娘を心配するがどこか嬉しそうな母。さりげなくアメリカンJCとお近づきになろうとする父。全ては平和だ。最後はおかしいが。


 無論俺は蚊帳の外である。


 別に嫌われているわけではない。だがあまりにも地味な中学生活を東京で過ごしてきたせいか、はたまた何聞かれても「んー、特に」としか答えてこなかったせいか、「孝則に振る学校に関する話題はない」という暗黙の了解が出来上がっている。つまり俺が悪い。

 だがどこか捨てられた猫のような表情で妹を見ていたのを見かねたのか、母親がそっと救いの手を差し伸べてくれる。


「タカくんの初日はどうだったの?」

「金髪グラマー彼女はできたか?」とすかさず乗ってくる父。

 できるわけねぇだろ、と悪態をつきながらも、しかしふと心の声が漏れる。

「あー……彼女にはならないけどさ。やっぱアメリカ来たんだな、って感じのすごいのはいたよ」と俺は手でグラマラスなボディラインを描いてみせる。

 まぁ、と手で半分顔を覆って大袈裟にリアクションする母がうざい。

「美術の授業で一緒になったんだけど、ザ・金髪チアガール、みたいな? すごいスタイル良くて、目が青くてギラッギラの金髪で。なんかサングラス頭に乗っけてスタバ持ってるの。ステレオタイプっていうけど、いや本当にああいうのいるんだなってびっくりした。その子一人だけだけど、ああいう子がいっぱいいるのかな……」

 ほう、と父親が感心しながら頷く。


「確かに、父さんも今日新しい事業所に初めていったんだが、そこの警備の人が立ち会ってくれてな、ハリウッドスターみたいなマッチョマンだったから父さん思わずサインもらっちゃったよ」

「そういうパッと見のみために弱いところ、お父さんに似たのかしら」と母親がため息をつきつつも、「でも、タカ君も友達できたみたいでよかった」と笑顔でハンバーグをフライパンから追加してくれた。母親曰くハンバーグぐらいなら日本と同じ味が出せそう、とのことである。

「友達じゃないけどな……」と俺はハンバーグを一口頬張りながら言う。なるほど、同じ母親のハンバーグなのに若干風味が日本で食べていたものと違う。つなぎが違うのだろうか?


「トリクシーって子で、なんかもう変なオーラ出してたから、近寄らない方がいいって思って」

 俺がハンバーグ二口目を口に運ぼうとした瞬間、フォークを持っている右手を急に妹が掴んできた。フォークごとハンバーグが落ちて、俺の一張羅である中学時代の制服のズボンに脂シミができる。


「あっお前何してんだよ……」と妹を睨みつけながらティッシュを取ろうとするも、妹はまだ俺の手を離さない。

「ちょっと待って」と妹はいつになく真剣な目で俺を見つめてくる。

「いや、待つのはお前だよ、離せよ」


()()()()()って、もしかして、トリクシー・コーウェン?」


「ああ、なんかそう言っていたな」と俺が答えると、ようやく妹は俺の手を離し、そしてそのままその手を頬の横に持ってきてムンクの叫びみたいなポーズを取る。

「トリクシー・コーウェン?」妹は一字ずつ、まるで発音を確認するかのように言う。「と、り、く、しー?」

「そうだよ、うっせぇな。制服どうすんだよこれ」と俺が悪態をつくと、父親は妹と母を交互に見る。

「知ってるのか?」

 話を振られた母がかぶりを振ると、妹は信じられないという顔で手元のスマートフォンを操作した。

「これだよ! あんたも見たでしょ、『キャンディロット・インター』のトリクシーだよ!」


 妹が突き付けてきた画面には、確かにどこか見たことがあるドラマのスクリーンショットが表示されていた。

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