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第29話 彼女を救うために、夜の学校に侵入!?

「大丈夫なのかなぁ〜」と不安そうに言うアリソンを、俺は奥へと招き入れる。


 誰も見ていないのを確認して、再度ドアを施錠する。外からバレないように明かりはつけず、アリソンのスマートフォンの電気を頼りにパソコンクラブの部屋へ戻っていく。


 トリクシーをダンスに誘った、あの小さな図書館脇の広場――そこの猫を見るために、たまにパソコンクラブの窓を開けっぱなしにしていたのを俺は思い出したのだ。祈るような気持ちで行ってみれば、運が良いことに窓は施錠されておらず、中に潜り込むことができた。あとは再びパソコンクラブから図書室を通って、ドアの鍵を内側から解除してアリソンを招き入れたのである。


「これ、犯罪だよねぇ……」と言うアリソンはしかしどこか楽しそうだ。実際俺も、スパイごっこのようで楽しいと思ってしまう。しかし顔がにやけそうになるのを抑えて、今は兎にも角にもトリクシーの写真の在処を突き止めなければならない。


 普段通い慣れていた部屋も、暗闇の中、スマートフォンの明かりだけを頼りに進むとなると印象が大きく変わって見える。手に持った明かりが動くたびに、異形の影が壁に踊る。それが積み上げられている本だとか、書籍を運ぶためのカートによるものだとすぐに分かるとはいえ、いちいち心臓に悪い。先ほどまで楽しそうだったアリソンも不安げに俺のシャツの裾を掴んで、小動物のように首を縮めながらおっかなびっくり後ろをついてくる。

 ようやくパソコンクラブの部屋にたどりつき、俺たちは暗闇の中でデスクトップパソコンを一台起動させた。


「アリソン、写真がアップロードされるのってどこか分かるか?」と俺が聞くと、アリソンはマウスを操作させる。

「うん、イヤーブック委員会が使う共有ドライブがあるの。そこにあるはずなんだけど……あれ?」

 アリソンがフォルダを開いていくが、「イヤーブック委員会」のドライブにある最新ファイルは数日前の演劇部の公演のもので、本日のファイルはひとつもない。


「他のフォルダにあるとか?」

「……ううん、ない。移したり削除したりとかも、あれがついているからできないはず」

 あれとは、なんらかのコピーガードのようなものだろう。つまりトリクシーの写真は最初からここには存在していなかったのか?


「でも、あいつら、おっぱいがなんとかって言っていた」と俺が言うと、アリソンが顔を赤くしながら、「うん」と短く答える。

「おっぱいって絶対にトリクシーの写真だろ? だって、それ以外におっぱいの写真なんてないじゃないか? アリソン、他におっぱいがありそうなところ、あるか?」


「おいお前ら、俺の部屋でおっぱいおっぱい言いやがって、何してやがる」と怒号が響く。


 慌てて声の方向に振り向くと、視界が真っ白に染まる。一瞬パニックになるが、すぐにそれが懐中電灯の光だと気づく。

「……あ? おい、オガサーラか? あとイヤーブック委員会の……? なんだ、人の職場で逢引か? 勘弁してくれよ」


 呆れた顔で顎髭をさするのは、美術教師かつパソコンクラブの顧問であるカーグ先生だ。


「カーグ先生! なんでここに!」と俺が驚いて言うと、どうも見慣れないタキシード姿の先生は心底呆れた顔でこちらを見返す。

「それはこっちが言いたい。今日のダンスでかなり電源を使ったからな、サーバーとかのブレーカーが飛んじまってないか見に来たんだよ。で、お前らは何しにきた? 悪戯なら流石に容赦しねぇぞ」

「悪戯じゃないです」とアリソンがすぐ答える、そのあとどう続ければいいのかわからないのか、口をつぐむ。


「ほら、出てった出てった」と先生は懐中電灯で自身の立つ入り口を照らす。「高校初のダンスで舞い上がってんだろうから不問にしてやるが、ちちくり合うのは他でやってくれ、な?」

「先生」と俺は立ち上がる。「あの時言っていましたよね。黙認するのも、同じ罪を犯すのと同じだって」

「あ? ああ、そうだが、なんだ急に」

「友達を助けたいんです。力を貸してください」


 カーグ先生は黙って、懐中電灯で俺とアリソンを照らす。

「わかった、言ってみろ」


「友達の……トリクシーの写真が、この学校のネットワークのフォルダに入っているはずなんです。それはきっと、彼女が見たら悲しむものです。だから消したいんです」

「ネットワークのフォルダに?」

「イヤーブック委員会のカメラだから、委員会のフォルダにあるって、思ったんですけど……」とアリソンが捕捉する。

「見せてみろ」


 カーグ先生はデスクトップパソコンの前に座り込むと、共有ネットワークのフォルダを開いていく。

「いつの写真か分かるか?」と彼は真剣な眼差しでモニターを見つめながら問う。

「今日です。ダンスの時に」


「ここにはないな」


「そんなはずは!」と叫ぶ俺に、カーグは振り向いてウインクして見せる。

「おいおい、落ち着け。ここにはないと言っただけだ。だが、どこか別のところにある可能性は十分にある」

「でも、ファイルの取り出しって、できないんじゃあ……」不安そうにアリソンが言うが、カーグは首を振る。

「そうだな。取り出すことはできない。だが送る事はできる」

「送る?」

「ネットワークプリントだ。イヤーブック委員会はテスト印刷が多いから、すぐに印刷ができるように、放り込んだものを印刷できるように設定してあるフォルダがある。そこに入れておけば、一時間に一回、まとめて印刷がかかるようになっているんだ」


 カーグ先生はいくつかフォルダを開いてチェックしていく。

「ビンゴ」と彼は言うが、並んでいるサムネイルを見るなり、「うぉっ」と驚いた声を上げた後、すぐに手でモニターを隠しながら俺とアリソンに振り向いた。「お前らは見るなよ!」


 俺たちが振り返ると、カタカタと音がする。

「もう、印刷されていますか?」と俺はおそるおそる問いかける。

「そんな……それを回収するのが狙いだったんだね、ファイルそのものじゃなくて」アリソンも心配そうに続く。

「大丈夫だ。プリントのキューには入っているが、さっきも言った通り、一時間に一回のバッチ印刷だからな、今は……そうだな、あと半時間以上はある」

「よかった……じゃあ……」と祈るようにいうアリソンに、カーグ先生は再度振り向いてウインクしてみせる。

「おう、写真は全部消しておくぞ。未来永劫、誰もリカバリーできないようにな。……で、お前らは、これが誰の仕業なのか、わかってるんだな?」

「はい……、でも証拠が……。あっ、そうだ、ファイルを誰がアップロードしたとか、そう言うのはわかりますか?」

「あいにく、どのパソコンに何時にとかは分かるが、誰がってところまではわからん」とカーグ先生は顎髭をしごきながらばつが悪そうに言った。「うちのコンピューターは生徒一人ひとりにIDを振ったりしていないからな、そこはわからねぇんだ」

「でも、トリクシーのあれ、消せたから、とりあえずよかった。もう、それでいいんじゃないかな……?」

 アリソンがそう言うと、俺とカーグ先生は顔を合わせて、そして頷く。

「アリソン、罪を放っておいたら、同罪だよ」

「やるならちゃんと叩かないとな」

「でも、証拠がないし……」


 確かに、証拠はない。でも、俺とカーグ先生は同じ考えのようだった。


「証拠がないならよ、確保するまでよ」と先生は、タキシードの襟を直しながら、きざな笑顔を見せて言った。「忘れたのか? 先生は、プリンターマスターなんだぜ」

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