第26話 犯人はやはり・・・!?
機材室のドアの前に立っていたのは、ケーシィ・ドーシーその人だった。手には、確かに数分前に見た、マシューズが持っていたものと酷似しているカメラが握られていた。
「僕もイヤーブック委員会だからね。撮って回ろうと思ったんだけど」
「それ、見せてもらってもいい?」とアリソンが恐る恐る聞くと、ドーシーは爽やかな笑顔で「もちろん」と彼女にそれを手渡した。
アリソンはカメラの電源を入れて、背面の液晶を覗き込む。だがそこには、「No Image」という英文が表示されているだけだった。
「意外にもダンスを楽しみすぎちゃってね、撮る暇がなかったよ」と三年生は白い歯を見せて笑いながら、肩をすくめてみせる。
「トリクシーは大丈夫なのか?」とサーニャが聞くと、ドーシーは頷く。
「そうか、彼から聞いたのかい。……うん、心配はいらないよ。寝ているだけだ。迷惑をかけたね。でも大丈夫だ。これを先に返しておこうと思っただけだ。もう行くよ、失礼するよ」
カメラを指差しながらそう言うと、ドーシーはくるりと振り返った。そして数歩歩いて立ち止まってから、俺の方を見た。
「君、傷は大丈夫なのかい。随分ひどくやられたね。すぐに先生に言った方がいいんじゃないか? 災難だったね、あんな大人がうろついているなんてね」
「大人……?」と俺が問い返すと、ドーシーはひどく驚いた様子を見せた。
「おいおい、覚えていないのかい? 君、自分よりも二回りは大きい大人に襲われていたじゃないか。ああいうのはチンピラだね。気をつけたほうがいい。俺もちゃんと言っておくよ、妙な大人たちがダンス会場の周りをうろついていたってね……」
そう言い残すと、ドーシーは手をひらひらとさせて、その場を去っていった。
「でもよ、写真のデータだけ抜き取ったんじゃないのか?」とサーニャはドアが閉じられるのを見届けてから、アリソンに聞いた。
「それはできないよ、ほら、メモリーカード入れるところの蓋が閉まってるでしょ? これ、高校の備品だからねぇ、専用のケーブルで学校のやつに繋がないと、できないんだ」
「じゃあ、このカメラじゃないのか……ってことは、ケーシィのやつはシロか」
「うぅん、なんか、疑っちゃって良くなかったね。ってか、タカ、会ったのは同じ高校の生徒なんじゃないの?」
「うん、だと思うんだけど……」
「だと思う?」とサーニャが突っかかってくるので、
「いや、暗くてよく見えなかったんだけど……」と俺も自信がなくなってくる。
「おいおい、しっかりしてくれよ〜」とサーニャが残念そうに言うと、アリソンが俺に冷たいコーラを差し出してくれる。
「とにかく、タカに何もなくてよかったよ〜。トリクシーも大丈夫そうだし。レイプドラッグなんて、やっぱり大人がやることだよね……」
――本当にそうか?
――俺は確かに、マシューズとベルチャーがトリクシーのあられもない姿を強引に写真に撮っていたところを見たのではないか?
……それで、いいのか?
「ちょっと、行ってくる」と俺は言うと、ゴミが付着したジャケットをその場で脱いで、友人たちが止められるよりも早く、ドーシーが出ていった扉を飛び出していった。
機材室を出ると、ダンスフロアはいよいよ最後の盛り上がりを見せていた。
「ラースト・ソーーング!」と中央ステージのディスクジョッキーがマイクに叫ぶと、うおおお! と会場が盛り上がる。今まで以上の音量でスピーカーからラストにふさわしい、少し切なさを感じる女性ヴォーカルの音楽が溢れるようにでて、熱気盛んな会場を包み込む。
そんな中、俺は走り、ついにその男を見つける。
「ドーシー」と俺が声をかけると、彼は振り返り、少し驚いた表情で俺を見てから、すぐにあの完璧としか言えない笑顔を浮かべた。
「君か、頭の傷はもういいのかい。どうしたんだ、そんな慌てて」
「大人なんて、いなかった。俺が見たのは、同じケンジントン・ハイスクールの学生だ。名前も知っている」
「何を突然言い出すんだい」とドーシーは困惑したように眉を下げたが、その口元はまだ微笑んでいた。「少し、向こうで話そうか」と彼は俺の肩をぽんと叩くと、もはや全て飲み尽くされて、空いたコップだけが置かれているドリンクコーナーへと俺を促した。
「マシューズとベルチャー、知っているだろ」
「少し落ち着かないかい。ほら、このコーラはまだ開いていないよ。何か飲むといい」とドーシーは俺にコーラの缶を勧めるが、俺はただ目の前に佇む三年生に向き合った。膝が震えるのを、大音量の音楽になんとか勇気を借りるようにして押さえつけ、顎を上げて自分より頭一つ以上背が高い男を見上げる。
「ドーシー、答えてくれ。マシューズとベルチャーにトリクシーを襲うように指示したのは、君なんだろう?」
ドーシーは目を細めて、俺を値踏みするように見た。そしてふん、と鼻を鳴らすと、だからどうしたと言わんばかりに手を振った。
「それで?」と彼は心底うんざりしたような声を出す。「僕に何の用だい」
「何の用だと?」と俺は固く握り拳を作りながら言った。全身の血が一気に頭に上ったように、怒りに震えてくる。「どうしてそんなことをするんだ。トリクシーが可哀想だと思わないのか」
「思わないね」
瞬時に即答するものだから、俺は思わず言葉を失ってしまい、ただ口を開いては閉じることしかできなかった。
「いいかい、一年生」とドーシーは俺のことをコーラの缶で指しながら言った。「トリクシーはこの僕とダンスにこられて光栄なんだ。そして暴漢に襲われたところを、僕に助けられて感謝感激している。あの二人は、憎ったらしい女の鼻っ柱を折ってやったことで喜んでいる。結果的には、誰も不幸にはならない」
「最低だな、犯罪だぞ」と俺はようやく振り絞っていうが、ドーシーは笑って言った。
「証拠なんてないよ」彼は癖っ毛を後ろに撫で付けながら言う。「そしてね、証拠がないものは、犯罪じゃないと思うけど。いいかい、これは忠告だ。君にできることは、何もない。素直に、さっき僕が言ったように、大人に襲われたと言うんだ。余計に話を拗らせたところで、お前を信じてくれる奴なんてどこにもいないよ」
「なんでトリクシーなんだよ」俺はただ怒りと、悔しさと、憎悪で体が壊れてしまいそうなのを必死に押さえつけながら言った。「なんでみんなトリクシーについて回るんだ」
「おいおい、君は眼科にでもいったほうが良いんじゃないか。見ればわかるだろう。誰だってあのゴージャスなブロンドガールを自分のものにしたいだろう。女優で、美人で、スタイルもいい。これ以上何を求めるんだ? 俺はああいう女が欲しい。お前だってそうだろう? ポーカーをしていた時だって、随分と鼻の下を伸ばして人の女を見てくれたじゃないか。恥を知れよ。お前みたいな雑魚アジアンが手を出していい女じゃないんだ」
そしてドーシーは俺のことを再び、あの値踏みするような嗜虐的な目で見ると、こう言い放った。
「彼女は僕のそばに置いておくよ。僕の横で輝いていてくれればそれでいい、僕の価値が上がるからね。決して、君みたいな、誰でもない人間の隣じゃない」
ドーシーは俺の肩に手を置いて、耳元で囁いた。
「背中がゴミだらけだぞ。いっぺん、鏡を見てくるんだな。そして二度と僕の前に姿を表すんじゃない、負け犬が」




