第24話 あの子が再び襲われている!?
小太りのベルチャーが力無く腕を横に垂らしているトリクシーを後ろから支えるようにして抱えている。ノッポのマシューズはまさに、トリクシーの真紅のドレスを両肩から滑り落としたところだった。ドレスがするりと音もなく落ちて、下着姿のトリクシーが露わになる。
「抑えてろ」とマシューズが言うと、乱暴に彼女の下着を掴んで下に引き剥がす。肉感のあるトリクシーの白い肌が、月明かりに照らされて青白く輝いていた。マシューズは首からかけていたストラップを引っ張ると、その先に繋がっていたカメラを顔の前に構えて、
かしゃり。
かしゃり。
項垂れるトリクシーのあられもない姿を、写真に収めていく。
なぜだ? なぜこんなことが起きている?
何もかもがわからない。混乱する頭を落ち着けようと、目の前の光景を再確認するが、やはり混乱するばかりだ。どうしてトリクシーは逃げないんだ?
「な、何をしてるんだ」と俺は声を上げる。最大限強い声を出したつもりなのに、掠れてうまく声が出てこない。足の震えがさらに強くなる。
「お? お前、この間のアジアンか。てめぇ、何見てんだ、おい」と小太りのベルチャーがトリクシーの後ろから声を上げる。トリクシーはわずかに目を開いて、俺の方を見ようと顎を上げようとするが、力が入らないのかまたぐったりと頭を落とす。
「離せ、トリクシーを離せ」再度声を出そうとするが、蚊の鳴くような音しか出ない。
「あぁ? 離さねーよ、馬鹿か」と心底馬鹿にした声を出すと、ベルチャーはトリクシーの脇の下に回している腕を動かし、むき出しになった彼女の胸を掴む。「ほら、嫌だったらひっぺがしてみろよ」
「何しに来た、お前、どっから見てた」マシューズは俺の前に立ちはだかり、上から見下ろすように凄んでくる。
「その、その写真をどうするつもりだ」俺はカメラを指差しながら声を出すが、かんだかくて情けない音しか出ない。それでもなお、逃げたいと思う気持ちをなんとか押し戻しながら続ける。「犯罪だろ」
「はんざぁいだろぉ」ベルチャーはゲラゲラ笑いながら、俺の真似をする。
「どっから見てた、言ってみろ」マシューズは俺の肩を掴み、爪で抉るように力を込める。たまらず膝を崩しそうになるが、震える足にありったけの力を入れながら踏みとどまる。しかし俺の力では、マシューズの腕を引き剥がしたり、ましては彼を押し退けたりすることはできない。
「トリクシーちゃんはさ、ポルノ女優になるんだってさ。そのデビューの手伝いってわけ。お前はすっこんでろ、クソジャップのイエローモンキーがよ」
「嘘を言うな、お前らトリクシーに何をしたんだ」
叫ぼうとしても、ろくに声が出ない。
「お前、どんだけ頭悪いんだ? このビッチがそうしたいって言ったんだよ!」とベルチャーは、彼女の胸を強引に引っ張りながら言った。たまらず、顔を逸らしてしまう。
「ダッセェな」と吐き捨てるようにいうと、ノッポは俺の肩から手を離すと、足の力が抜けて俺がよろめいたところを、右足で思いっきり蹴飛ばしてきた。衝撃でひっくり返り、後頭部からアスファルトに転げ落ちる。鈍い音と、強烈な痛み、そして頭の後ろを濡れた何かが広がる感触がする。
視界が暗転しそうになったその時、「おい」と男の声がする。「おい、立てるか?」
大きな手で引き起こされる。濡れた何かが、背中を伝っていく。
「血が……」と俺が言うと、「え?」と戸惑った声の後に、微かな笑い声が聞こえる。
「目を開けろよ、血じゃない、ゴミだよ」
ゆっくりと目を開けると、俺の眼前には潰れたゴミ袋が置かれていた。そうか、俺はゴミ置き場に突き飛ばされたのか。ゆっくりと後頭部をさすると、ベタベタした生ゴミの汁が指につく。
「お前ら、何をしている」と俺を引き起こした男は、先ほど俺が言おうとしたセリフを、しかし遥かに力強さと勇猛さが入った声で言った。
目線をゆっくりと上げると、声の主はあのケーシィ・ドーシーだった。
「その子を離せ」と彼は短く、しかし毅然とした態度で言う。
ベルチャーは一瞬マシューズの方を見ると、ゆっくりとトリクシーの胸から手を離し、彼女を地面に下ろした。マシューズはその様子を確認すると、「おい」と短く言ってから顎で駐車場の奥を示し、そのまま踵を返して走り去っていった。
先ほどまであれだけ俺に罵声を浴びせていた二人が、何も言わずに走り去っていく光景は異様だったが、これがドーシーのようなすごい男のオーラがなせる技なのかもしれない。
そのドーシーはノッポと小太りが走り去っていくのを認めると、自分のジャケットを実に優雅な動きでするりと脱いで、床に座り込むトリクシーの肩にかけた。
降り注ぐ月光がスポットライトのようになって、二人を照らし出す。反面俺は、背中にゴミを付着させながら、暗がりの中にただ佇んでいた。
「トリクシー、大丈夫か? わかるか、俺だよ、ケーシィだ」
「ケーシィ……」とトリクシーは短く言うと、頷いた。
「かわいそうに、ドリンクに何か入れられたんだね。レイプドラッグとは卑怯なことをする。さあ、行こう。立てるかい。俺の車で送っていくよ。早く帰ろう」
淡々と話すドーシーはトリクシーの肩に手を回して、彼女が立ち上がるのを支える。足元がおぼつかない様子ではあったが、ドーシーの厚い胸に頭を預けて、なんとかトリクシーも歩けるようだった。
「君、トリクシーを助けようとしてくれたんだね」とドーシーは実にクールな顔を俺に向けて、笑顔を見せて言った。「ありがとう。ここからは任せてくれ」
俺はああ、とか、うん、とか曖昧な返事をして、駐車場の方へと去ってくドーシーとトリクシーの背中を見つめていた。やがて彼らも闇に消えて、俺は一人、肌寒いカリフォルニアの夜に包まれていた。




