第23話 ダンスパーティーであのハリウッドスターがピンチ・・・!?
妹はその友人と一緒に、デザートパーラーにいた。
テーブルの上に並んでいるのはよくあるチョコレート菓子やアイスクリームといった定番のお菓子ばかりであったが、それらがダンスミュージックが流れるフロアの一角でネオンに照らされ並んでいると、不思議と食欲をそそるものがあった。普段は決して食べない、蛍光色のクリームが乗った不健康そうなカップケーキも、体が糖分を欲しているのか、ついつい手が伸びてしまう。
「あ、お兄さん。どうでした、勝てましたか?」とレイカちゃんは爪楊枝に刺さったイチゴを摘みながら言った。
「いや……」と俺が決まりが悪く言うと、妹の友人は察しが良いのか、それ以上何も言わずにイチゴに齧り付いた。
「ねぇタカ兄、高校のイベントってチョーすごいね」と妹はご満悦な様子で、両手に毒々しい色のカップケーキを持ちながら甲高い声を出す。「やっぱアメリカ来てよかったぁ〜って思う!」
娘がうまく新環境に適応できるか不安がっていた両親に聞かせてあげたいセリフだったが、俺はただ力無く「ああ」としか言うことができなかった。
それからしばらく、俺は妹たちが他愛のない話に興じるのをぼんやりと聞いていた。誰がかっこいいとか、サーニャくんは背が低いけど良い感じじゃんとか、そういう話を二人が日本語で交わしているのを聞いていると、急に自分が今ここにいることの現実感がなくなってくる。
さまざまなバックグラウンドを持つ外国人が、外国の音楽に合わせて踊っている中、俺は日本語の会話を聞いている。
――ふと、自分の存在もあやふやに感じられてくる。
俺は一体何者なのだろうか? 何のために、このダンスに来たのだろうか?
正直になればいい、妹のためというのもあるけど、俺は失恋してここに来たのだと。それで自分よりも遥かに優れた人間が、自分が惚れた相手と一緒にいたからといって自棄になっている。猛烈にカッコ悪いし、吐き気がする。
そう、俺は結局トリクシーの言う通り、自己中心的な人間なんだ。
気づけば、身体が火照っている。慣れないダンスを踊ったせいか、ポーカーで熱くなったせいか、それともダンス以上に慣れないスリーピースのスーツを着ているせいか、身体が熱くてたまらない。きっと羞恥で身体が燃えていると言うのもあるのだろう。
腕時計に目を落とせば、九時を回っている。七時の開場だったから、二時間近く踊ったりポーカーに興じていたりしたことになる。
「俺、ちょっと外出てくるわ」と告げると、灯子もレイカちゃんも頷き返す。じゃああっちの方見てこよう、と二人ともまだまだエネルギーがたっぷりな様子だ。
どうも着慣れないジャケットの襟をバサバサとやってまとわりつく湿った空気を入れ替えながら、俺は出口を探した。デザートバーは体育館の奥、普段はボールやネットなどの器具をしまっている部屋に設置されているものだから、入口から反対側に位置することになる。左右を見渡しても、踊っている生徒やその写真を撮っているイヤーブック委員会の面々、そして監視をしながらも本人たちも楽しそうにリズムに乗っている職員たちの姿こそ見えども、外に出て行こうとする人間はどうもいなさそうだ。
ちょうどデザートバーの反対側、つまり体育館の最奥左に非常用ドアが見えた。予備のマイクやおそらく職員のものであろう鞄などが置かれている一角で、衝立で体育館の入り口側からは見えないようになっているが、対面しているデザートバーからはその様子が伺える。
わざわざダンスフロアの喧騒の中を通って入り口まで行くのも億劫なので、俺はここから外に出て夜風に当たることに決めた。カリフォルニアの夜は昼と打って変わって肌寒いので、涼むにはちょうど良いだろう。
荷物の隙間を縫って通るように体を横にして、俺は非常用の扉を肩で押して開く。隙間から心地の良い冷たい風がそよいでくる。
一度外に出てしまえば、別世界のようだ。体育館の後部に出たことになるので、目の前に広がるのはおそらくは駐車場なのだろうが、ポツポツと佇む街灯以外の光はない。駐車場のさらに奥にあるはずのプレハブ教室群も、夜の闇に紛れてしまって、その輪郭すら見出すことはできない。
扉越しには微かにダンスミュージックが聞こえてくるが、防音性がよほど良いのか、遠いどこかから風に乗って聞こえてくる異国の音楽のようでどうにも不思議な感覚だった。
数度深呼吸をして、肺に新鮮な空気を送り込む。体に浮かんだ汗が乾いていくのを感じていると、幾分かのぼせていた頭も冴えてくるようだ。
すると、「しっかり抑えてろ」と剣呑な雰囲気の声が聞こえてくる。俺が立っている出口のすぐ横、おそらく壁を曲がったところから漏れてくるその声は、どこか聞き覚えがある。
「ちょっと……」と応えるのは女性の声だ。しかし、どこかおかしい。苦しそうに喘ぐようなその声は、今にも途切れそうだ。
「この服、どうなってんだ」
「首の後ろ、ほらそこ、チャックがある」と今度は別の男の声。そしてやはり、こと切れそうな声で、
「やめて……」と囁くような女性の声。俺は、この声にも聞き覚えがある。
夜風に当たって落ち着いたばかりだと言うのに、再び激しい動悸に襲われる。これは、俺が思っている通りの状況なのだろうか。
そんな予想は外れていてほしい、厄介ごとには巻き込まれたくない。弱気な思いが次から次へと、沸騰するように湧き上がってくる。
あの時と同じように足が震えてくる。
――あんたは、どんだけ自己中心的なの?
あの時のトリクシーの声が脳裏をよぎる。そうだ、俺は自己中心的だ。きっとこれからもずっとそうだ。
だからと言って――だからと言って、動かないのはおかしいだろう?
だって、俺はトリクシーのことが今も忘れられないんじゃないか。
勇気を振り絞って、俺は非常ドアのすぐ横、角から覗き込む。
果たしてそこには、例のノッポと小太り――マシューズとベルチャーがいた。




