第20話 ダンスパーティーに参加していた、あの美少女は・・・!?
俺たちが勢いよくそのまま二曲、都合十分ほど踊って、額にうっすらと汗をかき始めた頃、俺は妹に「ちょっとタンマ」と告げて一旦フロアの中央から離れた。さすがに普段体を動かしてこなかったからか、ダンスをぶっ続けで踊るのは体に堪える。妹も同じだったようで、俺の後をちょこまかとついてきて、バーテーブルでソフトドリンクを受け取ってコクコクと喉を鳴らして飲んでいた。
「結構疲れるなぁ」と俺が息を切らしながら言うと、妹も同じなのだろう、無言で頷いて額の汗をハンカチで拭っていた。
「そう言えばさ、レイカちゃんは来てるのかな」と妹の友達の名を言うと、
「うん、来てるはずだよ。ちょっと探してみようか」と提案してきたので、俺たちは銀色のドレスを着ているはずの、灯子の親友を探しに体育館内を回り始めた。
みんな同学年の生徒あるいはその付き添いのはずなのに、スーツやドレスを着ていると、いつもと違う人間に見える。それは体育館内を巡回し時には生徒たちと一緒に踊っている先生たちも同じで、この異様な空間が丸ごと異世界にワープしたような感触を一層強めるのであった。
フロアを半周ほどしたところで、妹が「あ、レイカ!」と駆け出したので、俺も後を追った。果たして数メートル先には、とても小柄で華奢な日本人の少女が、まるで全身が水銀でできているかのように鈍い銀色の光を放ちながら踊っているのだった。
そして俺はその相手を見て一層驚いた。レイカちゃんの手を取って踊っているのは、パートナーのドレスに負けないぐらい光沢感のあるプラチナブロンドの持ち主だった。
「サーニャ、お前なんで来てるんだよ!」
「お、タカ、もう見つかったか。俺、そんな輝いてっか?」と白い歯を見せながら親指を立てるサーニャは、小柄な日本人少女レイカと並ぶと同じ中学生同士と見間違えてしまう。しかしいつものラフな格好とは打って変わって落ち着いた色合いの大人な服装をしていると、おちゃらけたサーニャも随分と紳士的に見えてしまうから不思議だ。オールバックにまとめている銀髪も様になっている。
「お前、おばあちゃんが来るから出れないって」
「ああ、あれな。あれは嘘だ」とサーニャはキッパリと言う。「だってパートナーいないから出れないとかダッセーじゃん」
「お前、しょうもない予防線張るんだな……」と俺が呆れると、しかしすぐに次の疑問が湧いてくる。「でも、なんでレイカちゃんなんだ? 二人はどういう関係?」
「ああ、うちの母親のピアノの家庭教師先なんだ、レイカは」とサーニャはさも当然のように言う。「それでどうしても高校のダンスに参加したいって言うらしいから、パートナーとして呼んだってわけ」
「おばさまからは、サーニャくんが自分の身長に合う子がいないって嘆いていたって聞いてますよ。うちの子にぴったりだから、ぜひダンスに一緒に行ってやれないかって」とレイカちゃんがさらっと裏事情を暴露するものだから、俺と灯子は爆笑してしまった。
すると、後ろからカシャリと機械音がする。
「お〜君達あれだね、楽しんでるね」とカメラを片手に笑うのは、薄いターコイズ色のドレスに身を包んだアリソンである。パニエでゆったりと膨らんだドレスは彼女の鷹揚さを表しているようで、ボディコンシャスなドレスを選んだ他の多くのゲストとは違い、実にアリソンらしい出で立ちであった。左腕にはご丁寧に『イヤーブック委員会』と書かれた腕章が巻かれている。そういえば、撮影はプライバシーのこともあってか委員会のみが許されていると参加要綱に書かれていたか。スマートフォンの持ち込みが禁止されているのも、何かと権利についてうるさいアメリカならではの事情があるのだろう。
「お似合いだよぉ」と嬉しそうにサーニャとレイカの写真を撮るアリソンに対して、随分と焦るサーニャがまた滑稽で、俺たちは再度大笑いしてしまった。
元気いっぱいなイヤーブック委員は次に俺と灯子にカメラを向けると、「ちゃんと、妹とダンスを楽しむ小笠原くんって書いておくからね〜」とシャッターを切る。それはそれで恥ずかしいのでやめて欲しいが、ダンスフロアでテンションが否応にも上がってしまう今、俺たちはそれらしくカメラの前でポーズをとって楽しむのであった。
「サーニャ、すごい可愛いガールフレンドだね」アリソンは弓形の目で優しそうに微笑む。そんなんじゃないよ、と小柄な少年は答えるが、口調とは裏腹に満更でもなさそうにはにかんでいた。レイカちゃんはどこ吹く風で、キョロキョロと辺りを見渡している。
「ベストカップル賞もあるから、楽しみにしててね〜」
「いやぁ、ベストカップルはあいつらだろ……その、ドーシーたち」とサーニャがキッパリと言うと、
「あぁ〜。 まぁ、あれはねぇ、すごいからねぇ」とアリソンが歯切れ悪そうに答える。
「ドーシーって誰?」と灯子が俺に聞くが、俺も初めて聞く名前なのでわからんと両手でジェスチャーする。
「あのぉ……」とアリソンが目を泳がせて、サーニャの方を顎で示す。サーニャもサーニャで、急に俺に話を振るなと目を逸らす。
突如、わぁっという声が聞こえてくる。音楽が鳴り響く中でも、ハッと息を呑む音が伝わり、自然と人だかりが左右に分かれる。
その不自然にできた空間を、なんと言うことはないという顔で歩く二人。
ウェーブがかった茶色いくせっ毛を揺らして、両手をズボンのポケットに突っ込んで歩く高身長の男。その横には、長い金髪をネオンの光に染めて、大小様々な宝石を散りばめたかのように輝かせる少女。
周りのゲストたちが息を呑むのも無理はない、完璧な取り合わせだった。
ふと、少女の青い瞳が、俺の目を捉える。スッと音もなく細められたそれは、俺を通り越して、はるか彼方の何かを見るように動いた。彼女の表情は、きっとどの角度から捉えても美しいとしか言いようのない微笑みで、しかしそれは同時に張り付いた無表情のようにも思えた。




