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第18話 アメリカで迎える初めての期末試験! 問題はなんと・・・!?

 週末は妹も俺も期末試験に向けての追い込み勉強をしていた。だが妹はちょっと休憩と称して、火曜日に着る予定のドレスを何度も試着しては鏡の前でうっとりしていたものだから、母親にドレスを没収されてしまった。


 そこまでしてドレスとダンスに憧れるものか、と思っていたが、しかし楽しそうにしているのはいいことだ。


 俺はというと、ダンス自体にはそれほど興味があるわけではなかったが、しかしアメリカの高校のビッグイベントがどう言うものなのか、という点では興味があった。

『キャンディロット・インター』にもダンスのシーンは何度か出てくる。中学校が舞台だからその規模は抑えられているのだろうが、それでも普段は子供っぽい中学生たちがドレスアップしてダンスに参加する場面は独特の迫力がある。

 思えば、バーナデットはダンスシーンには登場しない。

 彼女は主人公を巡ってのチアバトルで終了した後、唐突な航空事故で退場していたのだ。だからバーナデットは劇中ではチアガール姿でしか登場しない。


 つまり俺は、トリクシーのドレス姿を知らない。


 もちろん、検索したら何かの試写会イベントとか、番組告知とかでドレスを着ているのかもしれない。でもそれはきっとトリクシー・コーウェンではなくて、やっぱり『キャンディロット・インター』の登場人物、バーナデット、あるいはそれ以外の彼女の出演作品のキャラクターとしての姿なのだ。


 トリクシー・コーウェンのドレス姿はどんなだろうか。


 それを考え出すと、試験勉強にも手がつかなくなる。

 俺はかぶりを振って、イヤホンで普段聴きなれないクラシック音楽を聴いて、強制的に勉強に意識を向ける環境を作り出した。自分の影のように、しつこくつきまとってくるトリクシーの考えをなんとか振り解こうと、教科書に踊る英語の文章を、ただひたすらに目で追っていくのだ……。



 そうして迎えた月曜日。



「じゃ、最終考査は初日と同じ、人物画だ。デッサンでもいいし、それ以外の形式でもいい。この学期で学んだことを駆使して、お互いの顔を描けよ。失敗することを恐れるなよ、とにかく出し切る気持ちでいけ。じゃあ六十分の試験、私語は禁止。はじめっ」

 カーグ先生が高らかに宣言すると、俺たちは画板を持って、二人一組で向き合った。


 俺の前の前に座るのは、この学期を通してずっと座り続けた金髪美少女のトリクシー……ではなかった。


 トリクシーは別の席に座っていた。教室に着いた時から、そうだった。自分の席が取られたことに困惑していたおとなしそうなインド系の女子に向かって、彼女は無言の圧を発して、俺とペアになる席に座るようにした。

 おとなしそうな女子生徒は何も喋らず、おずおずと俺の顔を描き始めた。彼女が座っているはずだった席――つまりトリクシーの方を見ると、対面しているのはやはり困惑している様子の女の子だった。後ろ姿しか見えないが、トリクシーは粛々と課題の絵を進めている。

 ミスター・カーグは全てを見ていたはずだったが、何も言わずにそれを良しとしていた。確かに自由席だとは学期の初めに言っていたはずだが、期末試験で急に座席を変えるなんて、自由すぎるだろう、この国……。


 しかし試験は試験である。


 俺は鉛筆を持って、目の前の女性の姿をなるべく写実的に紙に落としていこうとした。

 しかし、どうしても手が進まない。


 理由は明白だった。俺の前に座っているのは、トリクシー・コーウェンじゃないからだ。俺は何度も何度も、トリクシーのことを再び描くことをイメージしていたのだった。この最終試験で、数ヶ月前のあの高校初日に描いたように、トリクシーの姿を描くことを、きっと心待ちにしていたのだ。実際にトリクシーの絵を描いたことはあれ以来ない。それでも、俺は心の中で何度も何度も、トリクシーのことを思い出していた。


 それは恋愛だ。間違いない。

 だけれども、きっとそれは誰にも迷惑をかけない恋愛だ。


 だから俺は手を動かすことができなかった。目の前に座る生徒が悪いわけではない。描きにくい顔をしているとか、そう言うわけではない。

 ただ、目の前に座る生徒は、トリクシーではないのだ。

 では、こう言う時どうすればいいのか?


 ――答えは決まっていた。


「おいおい、お前」と巡回していたカーグ先生は俺の画板を見るなり立ち止まり、囁くような声で言った。

 俺は顔を上げ、しばらく先生のことを見つめた。先生も黙って俺のことを見つめ返していたが、やがて何も言わずにその場を去った。


 チラリと横を見たら、トリクシーがこちらを振り返っていた。彼女の青い瞳が、俺の茶色い瞳と向き合う。数メートルは離れているのに、彼女の目に俺の姿が反射しているのが見てとれた。そして彼女は瞬いて、長いまつ毛を蛍光灯の下で光らせながら、ゆっくりと俺に背を向けた。

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