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第16話 アメリカで不良に囲まれてしまった!

「トリクシーなら休みだぞ」とカーグ先生は俺に言った。「仕事らしい。全く、学期末だと言うのに呑気なもんだ」と呆れながら、空席を見つめながら立ち尽くす俺に座るように促した。


 ――トリクシー・コーウェンは、今週は休みだった。撮影だか何だか知らないが、仕事が入ったので前々から予定されていた休みらしい。そうとは知らずに、俺は彼女が月曜日に現れて、弁明させてくれるチャンスを設けさせてくれるのだとばかり思っていた。


 来週月曜は期末試験。それが終わったら、ダンスパーティは学期の最終日である火曜日の夜と目前である。

 俺は結局、トリクシーに何も弁明することができないまま、ダンスを迎えてしまうのだ。


 そもそも、勘違いしたのはトリクシーの方だ。

 大体、十二歳の妹を同級生だと思い込むだろうか?

 しかし、妹は日本人だ。アメリカ人のトリクシーからしてみれば、年齢不詳もいいとこだろう。


 俺の父親も、先日レストランに入ってアルコールを頼んだら身分証を出せと言われたらしい。今年で五十になる父親だと言うのに、アメリカ人からすれば未成年に見えるらしい。髭を生やさなくちゃなと言う父親に、母親が文句を言っていたのを思い出す。

 そう考えると、ますますこの国は異様である。

 高校生でサンタクロースのように髭もじゃなやつもいれば、父のように、中年なのに子供扱いされる人もいる。外見では人を全く評価できない。あるいはそういうこともあって、トリクシーは怒っていたのかもしれない。外見が優れている彼女をアクセサリー的に使いたい人間はいくらでもいるだろう。


 そう考えると、さらに胸が痛む。


 トリクシーが勘違いをしているのだとすれば、それは彼女がそれだけ苦しんできたからではないか。

 すぐに別のダンスパートナーを見つけて、結局その程度の扱いだったのかと思われてしまうのは、俺だって心苦しいけれども、トリクシーだって苦しいはずだ。一度は再び笑顔を見せてくれたトリクシーが、またあの冷たい表情に戻るのは悔しくてたまらなかった。それなのに、俺はトリクシーと話すこともできず、最悪な気持ちでお互いダンスを迎えてしまう。


 それは俺の自惚れなのかもしれない。


 トリクシーがそれほど俺のことを重視していないかもしれない。いや、していないだろう。

 俺ごときのことで――一度はダンスに誘った俺が別の女性とダンスに行く程度のことで、トリクシーが心を痛めるだろうか?

 そんな瑣末なことを気にしないでほしいと思うと同時に、しかし自分のちっぽけなプライドが、そうであってほしいと願う。

 トリクシーが、俺のことで、心を悶々とさせていてほしい。それは最悪な考えのはずなのに、どこかそれを願っている自分がいる。下賎な考えだと分かっているのだけれども、一体どうすればいいと言うのだろう?


 俺はその心のぐちゃぐちゃをぶつけるように、その日の課題――水彩画に臨んだ。どんよりとした心境を如実に表すように、濃い色同士を混ぜて、グラデーションをつけて、ドロドロとした軟泥のような、まとわりつくような気持ち悪さを画面に表現しようとした。

 ミスター・カーグはいつも通り部屋を巡回して生徒の作品を見てコメントを残していたが、俺の作品を見ると、しばらく考えるような表情で顎髭を触ったのち、何も言わずに去っていった。


 やがてベルが鳴り、俺はリュックを背負って、プレハブ教室のぼこぼこと音がするスロープを降りて、二限目のあるメイン校舎へと向かった。心境を全て画面に吐露したつもりなのに、あの教室に全て置いていくことは不可能だった。まだ俺の心の中にはのたうつ黒々とした感情が残っていた。

 俯いて、駐車場の真っ黒なアスファルトを踏み締め進んでいると、目の前に急に影が現れた。


 顔を上げれば、ノッポと小太りの二人組である。

 ぶつぶつとニキビを潰した後のあるノッポが先に口を開いた。

「お前、トリクシーをダンスに誘ったんだろ」

 俺が何か言い返せる前に、彼はグッと体を折り曲げるようにして俺の顔の前に自分の顔を持ってきて、「どうなんだ」と言った。

「トリクシーから聞いたのか?」と俺が聞き返すと、小太りが俺の肩を掴んだ。

「お前、トリクシーをダンスに誘ったのか? 質問に答えろ」

「だったらどうなんだよ」目一杯力を込めて言い返すが、膝ががくがくと震えてくるのがわかる。あの時と同じだ。トリクシーが虐められていた時と、同じだ。足は動かないけれども、しかし口はどうにか動く。俺は精一杯皮肉を込めて、言い放った。

「お前らも誘ったらしいな、うまく行ったのか?」

「あ? 黙れよ中国人」ノッポが俺の髪の毛を掴んでくる。

「俺はジャパニーズだ」

「ジャップかよ、家帰ってライス食ってろ」

「なんでトリクシーを誘ったんだ」と俺はぎりぎりと引っ張られる髪の毛の痛みに耐えながら、声を絞り出した。

「当たり前だろ、ケンジントンで一番いい女だからよ」とノッポがニヤニヤしながら言うと、

「あんな美人滅多にいねぇもんな」と小太りも同意する。

「お前ら、トリクシーをそんな目でしか見てないのか」


「いちいちうるせえんだよ」とノッポは俺の髪の毛を後ろに引っ張り、無理やり顎を上げさせる。急に首を曲げられたから、たまらず膝から崩れ落ちる。「いいかジャップ、テメェ、トリクシーが話してくれるからって、いい気になるなよ。あれは俺たちの女になるんだからよ、手ェ出すんじゃねえぞ」

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