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第12話 アメリカの学校のイベントといえば、もちろんアレ!

「行きたい! 超行きたい!」

「落ち着けって」と俺が宥めるも、彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

「えっ、何着よ、何着よ。あったかなぁ、ドレス。え、袴とかダメだよね、でもそれはそれでエキゾチックでイケる? 浴衣はどうかな? ちょっと季節合わないけど、でもイケてない?」


「落ち着けって」と俺は小笠原灯子――俺の中学一年生の妹――の頭を押さえつける。今にも席から転げ落ちそうだ。



 モープ、と言うダンスイベントがある、と妹に説明したのはつい二分ほど前のことだ。卒業シーズンに行うプロム、つまりPROMは有名だが、年度の初めにやる、高校一年生限定のより小規模なダンスイベントがその逆読みのMORP、つまりモープである。二十ドル、二千円ちょっとのチケット代で参加できる学校(厳密には生徒会らしいが)が運営するイベントだ。内容としては、体育館にミラーボールなどを用意して、踊ったり軽食を食べたりするパーティーである。


 高校に入って初めての大規模なイベントなので、入学初々しい高校一年生が最も楽しみにしているイベントだという。数多くの生徒が参加するが、ゲストを一名呼んでも良いという本当に大規模なパーティーだし、このスケールの大きさにアメリカらしさが滲み出ていると言っても良い。


 問題はそのゲストである。


 例えば恋人同士であれば話は早いのだが、入学して一学期目で恋愛関係が成立しているカップルはそう多くはないだろう。とはいえソロで参加するのは気が引けるので、大抵は同性の仲良し軍団で参加することになるらしい。


「俺はその日ダメなんだ、えーっと、あれだ、おばあちゃんがロシアから遊びに来る予定でさ。大体、俺みたいなチビに合うやつなんてなかなかいねぇんだよ」

「私は撮影係だからあれなんだ、ごめんね〜」

 と二人に断られたのは昨日のことだ。


「だからよ、トリクシーを誘うんだぜ、タカ」

「男性からダンスに誘われて喜ばない女の子はいないよぉ、頑張ってね」

 ……と、二人にトリクシーを誘うように念押しされたのもまた昨日のことだ。


 しかし俺はもちろんトリクシーを誘っていない。


 妹が散々ダンスパーティに憧れていたのは『キャンディロット・インター』で度々登場する、アレックスたちが華やかなダンスに参加する場面が出てくるたびに「わぁ……」と目を輝かせていたことからとっくに知っている。中学でもそれっぽいイベントはあるらしいが、年度末に一回だけらしい。

 ゲストは基本的に誰を招待しても良いとのことだから、もちろん俺の妹が参加することも問題はない。

 ダンスイベントのことを夕飯の食卓でさりげなく言うと、帰ってきた反応が先の通りである。


「マジで、どうしよ〜! 超楽しみ〜! ねぇママ、ドレス買ってよ、めっちゃ可愛いやつ!」

「そうねぇ」と困った顔を見せる母親はどこか楽しそうだ。

「それ、父さんも行っちゃダメなのかね」と真剣な顔をして俺に聞く父親を無視して、俺は続ける。


「いや、まだ確認してないからな。一応、妹が参加していいのか運営に聞かないと」

 なんでそんなことを言ってしまったのか、俺にもよくわからなかった。妹が参加できるのかはとっくに確認済みだと言うのに。


 そんな俺の細かい表情の変化に気づいたのか否か、母親が俺の方を見て、「でも、あの子は誘わないの?」と聞いた。

「あの子って?」と俺はとぼけたふりをするも、そうは問屋がおろさない。

「あぁ、タカが前言っていた女優か」と父親が続くと、

「え、うそ、まじ、タカ兄、トリクシー・コーウェンをダンスに誘うの!」妹が爆発するかのように椅子の上で飛び上がった。

「や、聞いてないけどさ。来ないんじゃね、そういうの。ほら、事務所の方針とかあるだろうしさ」

 最大限冷静さを装って、俺は麦茶を一気にあおる。遠い異国アメリカでも、この液体は俺たち日本人の喉を潤してくれる。

「聞いてみたら?」と母親は笑顔を隠しきれない様子で言った。「せっかくなんだから。誘われて悪い気はしないでしょ、女の子なら」とアリソンと同じこと言う。

「そうだな、父さんもトリクシーちゃんに会ってみたい」

「いや、会わせないって。そういうイベントじゃないから」

「えーっ、えーっ、いいじゃん、トリクシー誘ってよぉ、タカ兄さぁ」

「それだとお前が参加できないぞ」と俺が言うと、妹はうっ、と言って押し黙った。

「でも……いや、タカ兄がトリクシーとダンス行く仲になれたら私も一緒に遊びに出かけに……あぁでも私もダンス行きたい……」

 珍しく頭を抱えて葛藤する妹を横目に、俺は体の中をめぐる血が全て重たい液体に変わったかのように、ズシリとなるのを感じた。


 トリクシー・コーウェンをダンスに誘う? この俺が? 自己中心的な、俺が?

 そんなの、無理に決まっている。


 だが同時に、俺はトリクシーと仲良くなりたいと思っていた。それはそうだろう、あんな後味の悪い事件があったら、誰だって元通りにしたいと考えるはずだ。

 でも君子危うきに近寄らずと言う。なぜわざわざ、不発弾をつつきに行くような真似をしなければならないのだろうか? それは俺が自己中心的だからか?

 そうじゃないと信じたい。

 俺は本当に、心の底から、トリクシーと仲良くなりたいのだ。それは俺のためではなくて…… いや、俺のためなのか?


 悩んでいる俺をみかねたのか、母親がハンバーグを追加で俺と妹の皿に、大皿から移す。

「はいはい、とにかく、まだ先なんだし少し考えてみたら? 灯子のドレスもその時でいいでしょ?」

 それでこの話題はおしまいという雰囲気が生まれ、妹は自分の学校の次のイベントが文化祭であることを饒舌に話し始めた。救われた、と同時に、新しい悩みの種が明らかに芽吹いてきているのを俺は心の中で感じていた。


 トリクシーを、ダンスに誘う。

 果たして俺にそんなことができるのだろうか……?

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