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第10話 可愛いクラスメイトが出演しているテレビドラマを、鑑賞する。

 チン、とトーストが出来上がる音が鳴る。妹は香ばしい匂いを放つそれにせっせとピーナッツバターを塗り込んで、かぶりつく。


「十時にモールが開くんだって、お昼食べて帰ってくるつもり。パパとママには伝えてあるから」

「へいよ」と俺は気のない返事をするが、妹もいないとなると、いよいよ週末にできることがほとんどないことに気づく。ずっと家にいるのが苦痛なタイプではないし、むしろ出不精な方だが、どうにもこの週末は何か気晴らしになることがしたい。


 一時間後には父も母も起きてきたが、ガレージに積み重なっているまだ荷解きしていない段ボールを片付けたり、庭の芝刈りをすると言ってバタバタと出て行ってしまった。しばらくすると玄関チャイムが鳴り、件のレイカさんとそのお姉さんが妹を迎えに来て、ハイテンションな妹は「アメリカのモールとか超楽しみ〜!」と大はしゃぎで去って行ってしまった。


 俺はしばらく意味もなくリビングを片付けたり、部屋の掃除をしたりしていたが、すぐにやることがなくなってしまった。

教科書も全て学校に置いてきてしまったため、勉強という勉強はせいぜいノートを見返すことぐらいしかできない。私物も海を渡るさいに大部分を始末してしまったため、掃除と言えるほどの掃除はほとんどする必要がなかった。


 気づけば俺は自分のパソコンを立ち上げていた。巡回しているニュースサイトをブックマーク経由で片っ端から開くも、数分もすれば見るものは無くなってしまう。世界が平和なのは良いが、こうなると間が持てない。

 そうして俺は最終手段として、同じくブックマークされていた動画配信サービスのリンクをクリックした。何か適当に映画でも見ていれば、時間は否が応でも過ぎていくことだろう。そう思っていた時、視界に飛び込んできたのは、最新配信のドラマのバナーの下にある、「もう一度見る」という項目だ。そしてそこに躍る『キャンディロット・インター』の文字。渡米前に妹と一緒に見ていた、アメリカのラブコメドラマだ。


 ――あのトリクシー・コーウェンが出演していたドラマ。


 俺はほとんど無意識的にそのリンクをクリックして、シーズン3の動画一覧を開く。

 その中のサムネイルの一つとして表示されているのは、得意げな笑みを浮かべる、トリクシー・コーウェンが演じる中学生チアリーダーのバーナデットの姿だ。


 胸がずきりと痛む。でも、どういうわけか俺はそのアイコンをクリックして、動画を再生していた。


『キャンディロット・インター』はアメリカの架空の中学校を舞台に繰り広げられる、ティーン向けのドラマだ。誰が誰に恋したとか、誰のダンスの相手が誰だとか、そういう甘酸っぱいストーリーがこれでもかというぐらい詰まっている。有名な俳優が次々と配役されることから、日本でもそれなりに話題になったシリーズだ。主人公のアレックスはイケメンでスポーツ万能だがどこか鈍感。それを支えるのがヒロインのエリザベス。容姿端麗、学業優秀、まさに絵に描いたような完璧超人で、実際各エピソードで急にバスケが得意という設定が追加されたり、実はパラグライダーの操縦に長けていたりとどこかの英国スパイもびっくりなご都合主義的キャラクターである。


 シーズン3に登場するバーナデットは、主人公アレックスが惚れてしまう、かわいいチアリーダーという設定のキャラクターだ。

 正直、行き当たりばったりで作られたキャラクターのように感じられる。落としてしまったボールを追いかけてグラウンドまでやってきたアレックスが、バーナデットが一人で健気に苦手なチアの振り付けの練習をしているところに遭遇するのだ。肩の上に立ってポーズをとるという部分の練習がしたいというバーナデットの願いを叶えるために、アレックスはバーナデットを抱えるのだが、そこで二人は見つめ合い恋に落ちる……。


 正直、なぜバーナデットは一人なのか、そしてなぜ唐突に今までボールなんて扱ったことがなかったアレックスが思い立ってボール遊びに興じ始めるのか、そして急に組体操をしたいと言い出すファンキーさとツッコミどころが満載なのだが、そこは全てすっ飛ばして物語はどんどん展開していく。

 このままではアレックスを取られてしまう、とエリザベスが急遽チア部に入部するというめちゃくちゃなストーリーを辿るのだが、「アメリカならあり得るかもしれない」と日本人の視聴者はついつい納得して見てしまうのだ。いや、アメリカでも人気ドラマであったことから、普通に受け入れられていたのか。とにかく、よくわからない世界である。まぁ、子供向けの番組なのだから面白ければ多少ストーリーに粗があるぐらい、指摘する方が野暮というものだろう。


 しかしバーナデットは確かにかわいい。快活なチアリーダーで、ちょっとドジで抜けているところがあるけれども、健気にチアの練習をしている……。あのトゲトゲしているトリクシーと同一人物とは思えないぐらい、女性らしくて、守ってあげたくなるような愛くるしさがある。


 声も学校で聞いたトリクシーの声とはまるで違う。今思えば、ドラマの中のトリクシーは裏声を出しているのだろうな、と気付かせてくれる。

 タイトな服を着て、中学生らしからぬグラマラスなボディーを見せつけ、それでもあどけなさが残る顔つきにギャップを感じさせる――確かにバーナデットはかわいいのだが、どこか違和感が残る。


 それはきっと、昨日、あの涙で目を腫らしたトリクシーの姿を俺は見ているからだ。その対比で考えると、このドラマの中に出てくるトリクシーは偽物くさいのだ。


『キャンディロット・インター』のストーリーはさらに急展開を見せて、チア部に突如入部したエリザベスとバーナデットのチア対決が始まる。結局引き分けで終わったのだが、自分のために一生懸命苦手な(と言っても完璧にこなすのだが)チアを練習してくれたエリザベスにアレックスが惚れ直して、バーナデットは負けを認める。

……そして最後は、遠征のために隣の州へと向かった飛行機が墜落し、バーナデットもろともチア部の面々は『キャンディロット・インター』を退場するのである。

……今見ても本当に酷い。


 しかし改めてドラマを見ることで、気づけることがあったのは事実だ。

 バーナデットはかわいい。だがそれ以上に、本物のトリクシーはかわいい。


 ブルーだった週末を少しでも和らげて、これからまた会おうと、そう決心させてくれるドラマだった。

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