3.黒猫のち黒豹
私の変顔が撮られるという悲劇から5年。あの美形な男女は私の両親だと判明した。これはたぶん転生というやつなんだろうが死んだ記憶がない。
「えっ、死んでないのに転生とかありなの⁉︎」
とか思ったけどもう諦めて生活している。生活して分かったことはここが私がプレイしていた乙女ゲームの世界で以前私はここではない別の世界に生きていたという記憶が曖昧にあるということだ。
思い出そうとすると頭が痛くなり、どこに住んでいたか思い出せないし名前も思い出せない。記憶の根幹に近ければ近いほど頭が痛むようだ。
自室の鏡の前に立つと金髪で紫の瞳をした少女、つまり今の私の姿が映った。そう、それはまるで私がしていた乙女ゲーム「抵スペックの私がモテすぎて草」通常「モテ草」のヒロインの姿だった。
3歳ぐらいの頃から少し似てるなと思っていたが、気のせいの一点張りで過ごしてきた。しかし5歳となるともう否定ができないくらい似ている。乾いた笑いと冷や汗が止まらない。
普通なら転生して乙女ゲームのヒロインになれたら喜ぶところだろうが、私の場合そうはいかない。このヒロインは私の推しのリリアナ様を破滅の道へと導く悪しき存在。私は憎っくき敵に転生してしまったのだ。
最初は私が目立った行動を起こさなければ、リリアナ様に何も害は及ばないと考えたが、もし何かしらゲームの強制力が働いたらと懸念し、この計画は断念した。
いま私は、順風満帆に暮らしているがおかしなことが一点ある。それは、ヒロインが公爵家の生まれになっていることだ。
ヒロインは平民だったはずなのに。やはりヒロインではないのではと期待したが私の名前は…
「フローラ」この名前はゲームの初期設定のヒロインの名前だ。あまりにも当てはまり過ぎている。
「なんで私がヒロインなのぉぉぉぉ!!ヒロインとか柄じゃないし!まず私が公爵家の令嬢なんて無理だってぇぇ」
「お嬢様!淑女たるものが叫ぶなど言語道断ですよ!」
凛とした声が部屋に響いた。この声の主は私の専属侍女のジゼルだ。ジゼルは私が生まれてすぐの頃から側にいてもらっている。
短く綺麗に切り揃えられた黒髪にキラリと輝く琥珀色の大きな瞳。その姿は黒猫を彷彿とさせる。身長も140㎝と小柄で愛くるしい黒猫そのものなのだ。
「いいじゃない、たまには叫んだって」
「良くありません!さぁ、もう勉強を始める時間ですよ」
「今日は勉強したくないな〜。ダメ?」
できる限りの体の水分を目に集中させてジゼルを見つめてみる。
「……っ!」
おっ!効いてる!もう一押しかな?あと一手で勝利を確信できると思い、思わず顔がニヤけてしまった。
「ジ……」
「それでは奥様の了承をいただきに行きましょうか?」
最後に名前を呼んで勝利を飾ろうと言葉を発した瞬間ジゼルの痛い痛いそれはもう棚で足の小指を20連発でぶつけたような痛い言葉で私の勝利を掻き消された。そんなにぶつけたことはないけども。
これは予想だにしなかった展開。お母様に勉強をしたくないからやらないでいいかなんて聞いたら……
良くて頭の上に辞書を載せて屋敷の中を歩くか、ひたすら字の練習をさせられる。丸一日だ。これはあくまで良い方なのだ。悪い方は考えたくもない……
「ジゼル! 私今すぐ勉強したくなってきた! 早く始めましょう!」
「流石、お嬢様です。そう言ってくださると信じておりましたよ」
ニコニコと柔和な笑みを浮かべるジゼルは黒猫のように可愛いはずなのに、今は捕らえた獲物を逃がさない黒豹のように見える。気のせいであることを祈ろう。