怨霊に殺されたらTS転生して二度目の人生でも色んな怨霊に絡まれるのだが
ユーチューブで怖い話を見ながらウマ娘の因子ガチャ周回をして、ひらめいた! このアイディアは息抜きに活かせるかもしれないと執筆して出来上がった謎の短編。
それはまるで、ホラー映画のような出来事だった。
同級生の怪しげな都市伝説の儀式に、数合わせで参加させられて。
気づけば謎の大きな屋敷にとばされて。
怨霊に追っかけられながら、途中で大半の同級生を殺されながらも必死に情報を集めて、脱出の糸口を捜索して。
そして怨霊に囚われていたすべての元凶兼哀れな被害者の少女を何とかして救出して。
崩壊する屋敷からの脱出さえうまくいけば、ハッピーエンドで終わったところで。
俺は最後にしくじった。
「絶対に、離さない……」
少女は言った。
とても強い言葉だった。きっと、彼女は絶対に離さないのだろう。
「いいえ。その必要は、ありません」
だから、俺は言った。本音とは切り離して。
崖際。深い闇の底と、現世のはざま。
崩れゆく屋敷。玄関を出て、屋敷の周りに存在する深い谷のような堀にかけられた、か細い吊り橋。
最後の脱出に俺は間に合わなかった。
いや、正しくは俺が奴らに囚われていた。
崖に落ちそうな俺。必死に俺の腕を掴んで、何とか引っ張り上げようとする少女。
そして、俺を崖の底に引きずり込もうとする無数の怨念たち。
あと一歩でこの呪いとは解放されそうなところを。俺の足を、脚を、腰を、胸を、無数の怨念に掴まれた。
これは正直、本当にどうしようもない。この少女を助け出すために、こいつらの憎しみを買いすぎてしまった。もはやこいつらは、自分たちの中枢であったこの少女を取り戻すよりも、俺を地獄に引きずり込むことに躍起になっているのだろう。
だから俺は死ぬ。確実に。ただ死ぬよりも、ずっと苦しんで。
俺に選べるのは、一人で死ぬか、少女を道連れにするかどうかだけだ。
「あなたに救われた……ッ」
少女は俺の目を見つめて、必死に踏ん張りながら言葉を紡ぐ。
「一緒にいたい……ッ」
その言葉を聞いて、俺はどうしようもなく勇気づけられてしまった。
だって、俺はずっと怖かったのだ。
幽霊は苦手だ。どれだけ理性で恐怖を鎮静化しようとも、性根なのか、怖いものは怖いのだ。
俺にできるのは、意地を張って、幽霊を見ても冷静でいられるクールな人を演じるだけ。
だから今日の出来事の中で、俺はずっと恐怖を感じていた。
でも。
「私は、何も後悔をしていません」
いつものように、俺は冷静で、自分ができる最大限に格好悪くない自分を演出する。
格好良い自分じゃないのかって?俺は特にイケメンでもないし、内面的な魅力があるわけでもないから、できるのはせいぜい格好悪くないまでだ。
俺にあるのはこのねじ曲がったプライドだけだ。優秀にはなれなくても、醜態だけは晒さない。そんな、どうしようもない信念。
それで、こんなところまできてしまった。
この少女を救出しようとせずに、さっさとわずかに残った同級生と同じように見つけた脱出の方法を試せば、俺はこんな無残な死に方をせずに済んだだろうに。
でも。
「後悔は、していないのです」
俺は日ごろ、幽霊に対する恐怖よりも、ずっと恐ろしい恐怖と向き合ってきた。
「命がかかった時にこそ、人の本性が出ると言います」
そう。怨霊に追っかけまわされて、捕まったら死ぬようなこんな時だからこそ、大半の同級生は本当に様々な醜態を晒してきた。
無様に命乞いをする者。泣き叫ぶ者。悲鳴を挙げて、何も抵抗できずに怨霊に捕まるもの。同級生を囮に使う者。道ずれにしようとする者。
仕方ないと思えばそうなのだが、それでも俺の中にはそういった人物に対する侮蔑が確かに存在していた。
格好悪いぞ、と。
「だから、私は証明できて良かった」
常日頃、醜態を晒す人物に対して持っていた侮蔑。そしてそれが自分自身に降りかかってこないか。自分自身に、俺はいつも疑いを持っていた。
もし本当に命がかかった場面で。恐怖を感じるような場面で。俺は自分自身が思い描く、良識ある人間らしい行動をとれるのだろうか。
ずっと、怖かったのだ。
だから、良かった。
この少女を救えて、本当に良かった。
「私はちゃんと、私らしくあれた」
俺は右手に持っていた短剣を持ち上げる。
この短剣は曰くつきの、ものすごく切れ味が鋭い短剣だ。
特に縁を切るという意味では、ものすごい効力を発揮する。そう、あほみたいな数の怨霊たちの中枢となっていた少女を、この短剣の一振りでそこから解放することができたように。
「……だめっ!!」
少女は俺の意図に気づいたのか、今までにない焦った様子で静止の声をあげる。
ああ。そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい。俺だって、本当に怖いのだ。
でも、少女が一緒にいたいと言ってくれたから。こんな自分にも、価値があったのだと分かったから。
この行動を、迷いも躊躇もなく行うことができた。
この胸に満ちた勇気の温もりが消える前に。俺は自身の末路を決定した。
「あなたに、感謝します」
そして俺は自分自身の左手を切り落とした。
この左手は、俺と少女をつなぐ縁であり、生をつなぐ縁でもあったのだろう。様々な縁をつなぐ左手であったからこそ、短剣は効果を発揮して、豆腐を切るみたいにすっぱりと左腕は切断された。
絶望した顔をする少女。何か叫んでいるようだが、それすらすでに聞こえなかった。怨霊たちの歓喜の雄たけびが、あまりにもうるさすぎた。
ごめん。俺は心の中で謝る。ぶっちゃけ、俺の信念的には少女を巻き込まなかっただけで100点満点なのだ。さすがに心のケアまでは考えてられない。
奈落に落ちる俺。数えるのも馬鹿らしい数の怨霊が群がってくる。
この屋敷で怨霊に殺された人物は、同じく呪いによって怨霊と化す。それがワールドワイドなインターネットを中心に都市伝説としてこの屋敷にとばされる儀式が広まったものだから、犠牲者……怨霊の数は数千にのぼる。
地面に落ちる前から怨霊にたかられ、嚙まれてるのか、引っかかれているのか、なぐられているのか、とにかく全身が痛くてたまらない。それこそ、切れた左腕の痛みが気にならないくらいに。
ずっと嚙み殺していた恐怖が、ついに爆発しそうになる。
もう止めて欲しい。せめて楽に殺してくれ。痛いのも、怖いのも本当に苦手なのだ。
でも、俺の末路は決まっている。この怨恨の中、俺は延々に死に続ける。無限に怨霊が考えうる様々な死に方を、永遠に繰り返し続けるのだ。
それがこの呪いの本質。怨霊と化した人物の苦しみを糧に、呪いの規模を果てしなく増大させていく狂った永久機関。
知っている。屋敷での調査を通して、この呪いを知ってしまった。俺の行きつく、この先のどうしようない末路を。
自身の体がどうなっているのかも分からない。ただ、痛みだけがそこにあった。
無数の怨霊にたかられ、痛めつけられ、その後に待つ無限の死を繰り返す地獄。
恐怖に顔を引きつらせる表情筋も、悲鳴をあげる喉さえも。ぐちゃぐちゃにされ、機能しなかったのは不幸中の幸いなのだろうか。
俺は自身の信念を守ったことを引き換えに、まさに比喩でもなんでもない、怨恨が作った地獄に堕ちていったのだった。
というのが、俺の前世の死にざまである。
転生した。端的に言えば、そうなる。地獄に堕ちて以降の記憶は、なぜか思い出せない。正しくは思い出せないのか、それとも存在しないのかはよく分からないが。
そしてなぜか、俺は性別が女の子になっていた。性別が変わっていたのは、単純な確率の問題なのか、それとも前世の何かしらの業のせいなのか。
転生した自分自身の容姿が、あの時助けた少女と同じように、白髪赤目のアルビノだということから、もしかしたら前世の出来事が何か関係あるのかもしれないとは思っている。確証はないのだが。
あの少女と容姿が似ているのなら、たぶんそうなのだろう。現在は幼女なので、似ているかどうかは分からない。ぶっちゃけ画面に映る二次元の人物以外の容姿をまじまじと見ることはあまりない、他人に無関心なぼっち学生だったので、あまりそういった判別は得意ではないのだ。
ひとまず、俺は二度目の人生をどのように生きるのか、決めかねていた。
二度目の生の家族は、とても優しい人たちであった。失礼も承知で、親ガチャという概念で考えるなら、特上の当たりであろう。
だからこそ、普通でない自分が彼らの子どもになってしまったことを、非常に申し訳なく思う。
といっても、申し訳なく思うだけで、彼らのために望ましい子ども像を演じることは一切ないのだが。あれである。俺自身も選択の余地があってここに転生したわけではないので、許して欲しい。
そもそも、他者への申し訳なさで自身の振る舞いを変えるような思いやりや器用さがあるなら、俺の前世はもっと人に囲まれた(幸せとは言っていない)……少なくともぼっちとして学生生活を送ることはなかっただろう。
俺はそもそも人付き合いが苦手で、さらにそこに労力をつぎ込むのも面倒に感じる社会不適合者であったからこそ、ぼっちなのだ。
そういうことから、二度目の人生においても、幼女時代ながらも家族からはたぶん気味が悪い子としてどことなく敬遠され、同年代の子どもたちからも敬遠される。そんな感じの環境になるだろうと予想している。詳しいところはまだよく分からないが。ぶっちゃけ下手に構われるより、そうなった方が俺としては慣れたことを繰り返すだけだから楽である。
赤ん坊時代から自意識があったのがやはりいけなかった。ぼっちをこじらせた俺としては、どうあがいてもお世話されないといけない屈辱の時代は、早急に終わらせる必要があったのだ。
母乳拒否や哺乳瓶自分で持たせろストライキ。一人でトイレできるもん騒動など、親に迷惑をかけたことはたくさんある。本当にすまなかったと思う。
代わりと言ってはあれだが、夜泣きはせずに、空腹をこらえながら、大小兼ねた排泄物を漏らしたおむつで朝まで我慢したことが何度もあったので、そこら辺の労力低減で許して欲しい。三度目があっても、絶対に同じことをするが。
さて。そんな色々な意味で波乱に満ちた第二の生なのだが、おおむね現在の俺(5歳幼女)を悩ませている三つの問題があった。
まず一つ目。性別問題である。
お風呂とか、罪悪感がひどい。現在母親や姉(7歳)などとお風呂を一緒に入っているのだが、これの罪悪感がすごいのだ。
浴場で欲情するわけではないのだが、見てはいけないものを見てしまっている罪悪感がひどい。
現在母親と粘り強く交渉は続けているが、安全上の配慮という最もな理由を挙げられると、理性的な交渉においてはぐうの音もでない。幼児の体は頭の比率が大きいのでバランスが悪く、転びやすくて危ないのだ。幼女ボディーでは、手足が短くて頭は洗いづらいわ、身長が足りなくてお風呂に入りづらいわで、入浴を単独で行うのはガチで大変で危ないのだ。
というわけで致し方なく家族同伴のお風呂なのだが、幸いなのは家族に対して性欲を覚えない事だろうか。母親は綺麗で大きいし、姉も普通に可愛い。前世の自分の感性のままなら、かたくなってしまったかもしれない。
前世では二次元のロリものの薄い本でもぬけた。三次元では試したことはないが、そうではないといいなぁと願うが、確証はもてない。母親はいわずもがな。普通にぬけると思う。……自身が変態であることは自覚している。
だから、性欲というものはおそらく肉体の性別と強く結びついているのだろう。俺はそんな感じの考察をしている。すごく下世話な例えになるが、男子諸君には覚えがあるだろう。自慰行為をすると、どれだけすけべな気分になっていてもスッキリするあれである。つまるところ、性欲とはやはり肉体のホルモンとか、なんかそこら辺の機能が主要になる肉体に基づくシステムなのだろう。
つまり何が言いたいかというと、俺の性欲はこの幼女ボディーに準拠しているのではないかということ。
といっても、俺が女性の体に発情しないのは、女の体だからなのか、それともまだ育ち切っていない幼女だから性欲という機能が解放されていないのか。そこのところよく分からない。
もしこの体が遺伝子的に同性愛者なら、年を取れば女性の体にも発情するのだろうか?いや、そもそも同性愛者の嗜好というものは、肉体の遺伝子にもとづくものなのだろうか。詳しいところはよく分からないが、昨今のLGBT配慮などの意識高い系の人物が聞いたら、怒られそうな思考である。
ともかく俺は目の前の女性の肉体に発情することはなかった。かといって、男性と恋愛することもできなさそうである。
俺は普通に精神的に男である意識が強く、男性に対して恋愛感情は持てそうにないし、持ちたくもない。メス堕ちする自分は、ちょっと信念というか、宗教的?理由で解釈違いである。
しかし悲しいことに、今世の俺……藤野聡子は、自分で言うのもあれだが、すごく可愛い。
アルビノという神秘的な要素と、ぶっちゃけこの両親の娘とは思えないレベルで顔の造詣が整いすぎている今世の肉体は、俺というどでかいマイナス要素を搭載してなお、幼稚園という環境においてモテまくりの逸材であった。
そういえばあの時助けた少女も、似ているかは知らないけどすごく綺麗で美しい女性であったと思う。容姿の優れ具合が似通っているということを考慮すると、割とガチで前世の行いがこの転生先の容姿に大きく関わっているのかもしれない。
ひとまず、性別に関する悩みが今世の大きな問題の一つである。現状どうしようもないので、割と感じるままに任せているところがあるが、もう少し大人になったら本格的に悩ましい問題になっていくのかもしれない。
二つ目の悩みが、幼児の集団生活に馴染めないという問題だ。
この問題の根本は、言ってしまえば大人に近い学生の俺の精神性が、幼児プレイに耐えられないというだけの話なのだが。
例えばである。幼稚園のお遊戯というものは、子どもの感性を育むというか、何というか……そう、ごっこ遊びとかが極端に多い。
海賊に関する歌をCDで流して、先生が率先して「あー宝の島が見えてきたー!」と歌に合わせてみんなで踊ったりするような世界なのだ。想像しづらい人は、お母さんといっしょでも見てくれ。ああいったノリが幼児のデフォルトなのだ。その……なんというか、ガチできつい。
確かに赤ちゃん時代にさんざん尊厳を破壊されてきたが、さらに恥を上塗りするような真似はしたくないのである。
幸いだったのは、幼稚園の先生にノリが悪いことを心配され、一緒に歌おうとか、踊ろうとか誘われたが、恥ずかしいと素直に告げたらそういう子がいることも理解しているのか、強要はあまりされなかったことだ。まあ、実際そういうお遊戯に参加しない子が他にもいたし、そういうものなのだろう。
それ以外は、意外と幼稚園の生活は楽しい。カリキュラムを簡単に述べるなら、音楽と体育と図工だけの小学校のようなものである。音楽はクソだが、お菓子の箱とか、チラシでひたすらに好きなものを作る工作の時間とかは、マイクラ(ゲーム)をやっているみたいに創作意欲を刺激され、普通に楽しい。
『何作ってるの?』
『キーブレードです』
一応この世界でもキングダム〇ーツは販売しているようだが、女の子なのに変わった形の剣を紙で作る俺は、幼稚園の先生に不思議そうな目を向けられていたと思う。
そんなこともあって、幼稚園の先生の評価はお遊戯などには恥ずかしがって参加しないが、工作などではかなり凝ったクオリティーの高いものを作る不思議な子と認識されていたと思う。
まあ、対幼稚園の先生はそこまで悩みの種ではないのだ。きついのは同年代の幼児の相手である。
この年代の子どもは、大半が男女問わずクソガキである。しかも今世の聡子の肉体の顔面偏差値補正のせいなのか、基本的に男女問わず幼児がかまって欲しいと突撃してくる。人としての礼節を覚える前の未成熟なクソガキが何人も群がってくるため、心身ともに俺は疲れ果てている。
クソみたいな例をいくつか挙げると、工作で頑張って作った作品を男子に無許可で盗られる。下手すると完成前から盗られる。むしろ素材の段階で強奪される。しかも作っていると、超横やりを入れられる。ちゃんとした作品を作るなら、まずジャイアンみたいなクソガキ男子数名の視界に入らない安全な工房を確保するところから始めなければいけない。
たぶん、男子が気になる子にかまって欲しいため、嫌がらせじみた行為をするよくあるやつなのだろう。普通に腹が立つのでやめて欲しい。
そんな感じで、男子勢にはちょっかいなのか、いじめなのかよく分からない行為を頻繁にやられながら、女子勢からはなんか別方面で面倒なことを起こされていた。
端的に言うなら、さとこちゃんは私の物といった感じの争奪戦である。
さとこちゃんは私と一番仲が良いの。さとこちゃんは私の隣に座るの。さとこちゃんは私と一緒に遊ぶの。といった感じで、まあ、モテモテである。
といっても、感覚的にはモテているというよりも、一番きれいで価値のある面白い人形で誰が遊ぶかを取り合っているという感じでもある。女児になっても女児の心情をあまり理解できていないため、詳しいところはよく分からないのだが。
でもとりあえず、急に髪を切ってくるのは止めて欲しい。割と大きな騒動になったが、犯人曰く、とても綺麗だったから欲しかった、らしい。なんかこう、ストーカー的な猟奇さというよりも、単純に綺麗だったから、浜辺で綺麗な貝殻を拾うような感覚で聡子の髪を切ってきた。
常識が身につく前の幼児がどれほど非常識な存在なのか。改めて思い知らされた瞬間である。人は社会生活の中で人になる。みたいな言葉を聞いたことがあるが、まだまだ他人と接する経験が浅い幼児たちは、社会的な常識を身に着けた人間として、本当に未熟な存在なのだと思う。
ともかく、今世の藤野聡子の外見的魅力はすさまじい。前世があり、今世の肉体を本当の自分の肉体と認識できない俺であるからこそ、客観的にこの肉体の魅力を認識できるが、本当に幼児が夢中になるのも分からなくはないのだ。
だからこそ、他の幼児との集団生活がキツイ。ぼっちを拗らせた俺としての対処法は、逃げるか流れに身を任せるしかないのだ。なお、幼稚園という狭い空間においては、逃げるという選択肢すらまともに機能しないことが大半である。
このクソすぎる状況は、二度目の人生だからこそ色々と寛容になれる心情になれたからこそ、何とか耐えられるのだと思う。
ぶっちゃけ俺としては、もう人生をやり遂げた感が一杯なのだ。現在幼女ライフの途中であるが、必要があるならば割と躊躇なく命を投げ捨てられる気がする。
クソガキどもに揉まれながらもブチギレないのは、俺自身の優しさというより、どちらかというと人生の後輩に対して面倒を見てあげている感覚が強い。優しさというよりも、投げやりな適当さともいうものだろうか。
俺はもう終わった存在なのだ。もう、何も望むものはない。だから頭にくるが、幼児に多少酷い目に合わされるくらいなら、許容範囲ではある。
まあ、信念第一の生き方は揺らいでいないので、辱めに合わない範囲でなら寛容になるという程度の話なのだが。
これが俺の今世の第二の悩みである。
さて、最後に第三の悩みなのだが。
これは前の二つと違って、割とガチで大変な悩みである。
前世の宿命なのだろうか。今世の俺は霊感を持っていて、そういった存在にちょっかいをかけられやすくなっていた。
そう、これからの話は俺が体験したちょっと怖い話になる。それを注意して聞いて欲しい。
「ねえ、あそぼう」
幼稚園。クソガキどもから隠れて、砂場でアルハンブラ宮殿を作っていた俺は、突然声をかけられた。
声をかけられた方を見ると、同じ年頃の女の子が立っていた。
あ。これは……。
俺は自身の思考が、ある種の戦闘態勢に移行したのを感じた。
かつて怨霊ひしめく屋敷を生き残った時の感覚。言葉の一つを間違えただけで、怨霊にぶち殺される瀬戸際に立った感覚。
「いいですよ」
ひとまず、許可をする。この女の子がどういった幽霊なのか、それを識別する能力は俺にはない。あの屋敷にいる幽霊の99%はやばい存在だったので、そこら辺の区別をあまり気にする必要はなかったのだが、この世界ではそれはちょっと違う。だから、見極めなくてはいけない。
ぶっちゃけ、怨霊なら断った瞬間恨みを買って、やばい方向に行く可能性もあるし、誘いに乗った結果、やばい遊びを提案されて、そのままぶち殺される可能性もある。鬼ごっこしようぜ!私が一回捕まえるごとにお前の手足を一本ずつもぐからな!とかが前世ではデフォルトだったし。
といっても、子どもの霊は今世では基本的にそこまで強い害はない。水子の怨霊とかならかなりやばいが、大人の幽霊に比べれば安全なケースが断然多い。
まあ、前世だとこんな感じで怨霊の誘いに乗った同級生が、子どもにわっしょいされながらものすごい勢いで壁に叩きつけられて、ガチで壁の汚いシミになったパターンがあったが。
「これを作るの、あなたも手伝ってくれませんか」
ひとまず、参考にしていた観光のパンフレットを見せながら、アルハンブラ宮殿の建造に誘ってみる。相手の遊びが何であれ、こちらの提案する遊びを行えるなら死ぬ危険性はほぼない。
そもそも普通の人間と同じ容姿で、ぱっと見怨念とかはなさそうだし、たぶん座敷童的なやつか、成仏できなくて彷徨ってる感じのやつなだけかもしれないので、ぶっちゃけそこまで警戒する必要はないと思う。適当に遊んでいれば、いずれ満足して消えると思う。たぶん。
「うん、てつだう」
女の子はそう言って、笑ってくれた。ホッとした。これなら何とかなりそうだ。
前言撤回。これはやばいかもしれんな。
お昼。空はいまだに晴天である。体感的には、すでに10時間以上経過しているような気がする。それでも、俺たちはいまだに遊び続けていた。
砂場にはアルハンブラ宮殿からポタラ宮。紫禁城にビックベンなど、俺の好きだったCIV6のゲームなら実用性たっぷりの素敵な世界遺産が乱立している状況である。
体感的な問題だが、本当に10時間近く経っていたとするなら、明らかに日が暮れていないとおかしい時間である。というか、いつの間にか周りの幼児が全員いなくなっていて、世界にはまるで俺と少女だけ取り残されたような感じである。
やばいなぁ……これは、お持ち帰りされちゃうパターンかもしれない。
「もう、帰らないと」
だから、俺はいう。
それは、仮初とはいえこの世界に満ちていた平和な空気をぶち壊す一言であった。
「なんで?」
女の子の雰囲気が少し変わった。
気づけば世界は夕暮れになっていた。
オレンジの夕焼け。そんな、生易しいものではない。あと一歩踏み込んでしまえば、狂気的などす黒い赤に染まってしまうような。黒っぽい赤に近い、そんな恐ろしさを孕んだ赤い夕焼け。
おい誰だよ子どもの霊は比較的安全とか言っていたの。こんな領域展開じみたことをやってくる霊とか、神、もしくは複数の怨念をまとめあげたやばいやつだぞ。
「お家に帰らないといけません。たぶん、家族が心配しています」
「……」
「飼い猫のランに、私が餌をあげる係ですから。帰らないと、ランがお腹を空かせてしまいます」
「……」
「犬のチャコも、私がお散歩に連れて行かないといけません」
「……」
「他にも」
「ドうシて」
目の前に。鼻と鼻が触れ合いそうな距離に。女の子がいた。
詰め寄ってきたとか、歩いてとか、そんなではない。
気づけば、目の前にいた。
前髪が遮っているせいか、女の子の目は見えない。
「寂しいのは、分かりますよ」
その心は、伝わってくる。寂しいという感情。誰かと一緒にいたいと願う感情。
野良幽霊に絡まれたと思っていたが、これはたぶん俺が招いてしまったものだ。
「なラ、ずっト、イッしょにイよウ」
女の子が俺の腕を掴む。ギリギリと、とても強い力で。
締め付けられる感じはしない。ただ、絶対に振り払うことはできないと感じた。
「その気持ちは分かりますよ。でも、それはできません」
ああ。俺もかつてはそれを感じていた。ぼっちであった最初期の頃の話だ。
友達を作れなくて。勇気を出して遊びに誘った言葉も、無碍にされて。同じ子どもに、どんな風に話せば仲良くなれるのか、てんで分からなくて、ただひたすらに苦しんだ時代。
誰かが俺を指さしてひそひそとあざ笑うのだ。彼らとうまく付き合うことができない社会不適合者の俺を、適合者たちは輪の外にいる惨めな存在として、嗜虐的な笑みをこぼすのだ。
誰かがいった。笑顔とは、本来攻撃的なものであると。
高度に発達した人間社会において、人間は人間に物理的な暴力をふるうことはできなくなった。村の中で、暴力を振るうような存在は暴れん坊の厄介者として、つまはじきにされるからだ。
集団生活において最も直接的な暴力を禁止された人間は、さらに洗練された攻撃の手法を手に入れた。それが、嘲笑うことである。
直接的にぶん殴らない代わりに、嘲笑って、お前は惨めな存在であると攻撃するのだ。
だからこそ、いじめっ子はいつもいじめる子どもを見て笑っているのだろう。馬鹿馬鹿しい発言をする人物に対して、人々は馬鹿にするように笑みをこぼすのだろう。
公園で遊んでいた同級生の子どもたちに対して、俺は勇気を振り絞って声をかけた。
俺も遊びに入れて、と。
同級生はこれからみんなで俺の家で遊ぶからダメ、といった。
同級生たちがばたばたと家の中に逃げるように駆け込む中、それを見ていた彼の母親は、笑みをこぼして俺に言った。
家に入れてあげよっか?と。
その時、俺は無性に恥ずかしくなった。自分自身がどうしようもなく、恥ずべきことをしたと思ったのだ。
どうしてこの俺が、こんな奴らにすがるように遊んでもらわなきゃいけないんだ、と。
結構です、と。俺は敬語で彼の母親の厚意を断った。
この時に、俺の信念の、醜態を晒さないという生き方の根本が定まったのだと思う。
どうして、他人なんかにすがりつかないと生きていけないのか。違うだろう。確かに寂しいのかもしれない。苦しいのかもしれない。孤独に心を苛まれるのかもしれない。
でも、一人だから惨めだとか、幸せになれないとか、そんなことは絶対にないはずだ。
それは負け犬の遠吠えなのかもしれない。手が届かないブドウはすっぱいものだと、意地を張る見苦しい信念なのかもしれない。
ただ、もう二度と俺は俺の感じた格好悪い行いをやりたくはなかった。
目の前にいる女の子は、きっと寂しさに耐えられなかったのだろう。今なら見える。女の子の背後には、無数の寂しそうにこちらを見つめる子どもたちの幽霊がいた。
ああ、きっと彼らは一人でいる寂しさに耐えきれなかったのだろう。そんな彼らが傷を舐めあうように群れて集まったのが、この怪異の正体。
だから俺は馬鹿にする。孤独に耐えきれなかった彼らを。かつてあの屋敷にいた道連れを求めた怨霊たちと同じように。
「誰かを誘うくらいなら、一人で孤独に耐える強さを得られるように努力をするべきだと私は思いますよ」
少なくとも、俺はそうしたぞ。それだけが俺の誇りだ。
だからあえて言おう。普段はまったく使わない表情筋を無理やり動かし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、心底馬鹿にするように。
「寂しんぼう。ざーこ。よわよわ」
目の前の少女は、その言葉に全身を振るわせて。
「ぁsfじゃをい;fじうあpgん;sぁdjf;じゃgwjwkrhふ――――――――――」
なんかよく分からない雄たけびを挙げて、背後に現れた無数の子どもの霊と共に、こちらに飛びかかってきた。
やばい、死んだ。
笑ってしまうほどに後先を考えない挑発であった。思い返せば、前世でもあの怨霊たちを同じような内容で挑発したのが、たぶんそれが直接的な死因であった。それで恨みをかって、最期はあのざまである。
なんと因果は廻る。馬鹿は死んでも治らなかったようである。
だが、後悔はないのだ。どうせ二度目の人生である。ずっと他人の体を借りて、無理やり生かされているような感覚があった。まるで他人のデータでゲームをしているような。どれだけ経験値をためても、功績を積んでも、それが決して自分の成果だと思えない虚しさというか。
ぶっちゃけ、俺はいつ死んだってかまわないのだ。まじ、無敵の人である。いやまあ普通に殺されるのだが。
そして俺は今世で最高に興奮した状態で、怨霊に呑まれて。
二度目の人生に終止符をうったのだった。
ということはなく、俺はなぜかいつも通り目を覚ました。
よく分からなかったが、親の言うことには、昼頃から幼稚園で行方不明になっていて、必死の捜索が行われたところ、夜に幼稚園の砂場に俺は倒れていたようである。
なお、砂場には俺と女の子の幽霊の共同制作であった数々の世界遺産があったそうだ。
なるほど、夢ではなかったようである。
親は心配そうながらも、またいつもの怪奇現象なのかと俺に尋ねる。
いつもの、と認識されてるあたり、なんというか定期的に迷惑をかけて申し訳なく思うが、俺の意思でやっているわけではないので許して欲しい。
また、なぜか生き残ってしまった。母親や姉に抱き着かれながら、ぼんやりと今回も生還の理由を考える。
あれは明らかに死ぬパターンで、たぶん死体すら残らずに失踪するパターンだった。後に残るタイプの呪いか?その割には、そういった邪悪な気配は一切感じない。
まったくもって、謎である。今回もなぜか生き残ってしまったことを、心底不思議に思う。
そしてふと、家族に抱き着かれて安心感を感じるよりも、ぞわぞわと鳥肌が立つ嫌悪感を背筋に感じるようになっているあたり、俺自身のぼっち気質は本当に極まっているのだと、そんなくだらないことを考えた。
無数の子どもの怨霊が、幼女に飛びかかる刹那。
一瞬で。すべての怨霊がそれ以上に強い力で地面に叩きつけられた。
「駄目だよ。この人は、私のもの」
子どもたちは恐怖した。いつしか、目の前のちっぽけな存在の幼女は、自分たち以上に邪悪で、強大な怨念を纏う存在となっていた。
「すごいでしょ……? 羨ましいでしょ……? 欲しくてたまらないでしょう……ッ? でも、ダメ……!」
幼女は、いつの間にか少女となっていた。
その声には堪えきれない恍惚があふれ出るようで。はっきりとした喜悦が滲んでいた。
これは、そう。自身と似たような存在に対する、明確な自慢。お前は救われないが、私は救いを手に入れたのだという、意味のないマウンティング。
「この人の体も、魂も、全部、私のもの」
お前らには、一切分けてやらない。
少女は目の前の怨霊たちに絶望をたたきつけ、そして、その口は邪悪に弧を描く。
それは本当に美しく、邪悪な笑みであった。
「でも、私の力の一部には、してあげる……」
そして少女は手を合わせた。
「いたダきマす」
夜。幼稚園の砂場。幼女は一人立っていた。
「――愛してる」
そう呟いて、幼女は自分の体をギュッと抱きしめる。
そしてバタリと、その場に倒れた。
その後幼女は無事保護されることになり、今回の騒動は終わったのだった。
実は私はホラーがクッソ苦手なので、映像的なホラーは夜の安寧を妨げるのでNGだったが、耳だけできくYOUTUBEの怪談なら、まだ怖いけど耐えられる怖さだということに気づき、いろいろ話を漁った結末がこれだよ!!これなら幽霊も怖くないと思います(特殊性癖)
ついでに今の私は鏡を見れなかったり、シャンプーで目を閉じてる間とかに激烈な恐怖を襲うデバフがついてます。ホラーの過剰摂取や自己責任系の怪談は精神衛生上よろしくないので、気を付けよう!