TS主人公って幼女な印象があるよね?
肌に触れるそよ風に、青い緑の匂いが混じる。
見渡す限りに背の低い草が生い茂ったそこは、どう見ても草原だった。
「どこだ、ここは?」
呆然と紡ぐ問い掛けに答えるモノはなかった。
御歳31の社畜。独身。性別男。趣味読書。
性格内向的かつ懶。
ふむ、パーソナルに異常はないか?
いや、そうだ。私の名……
「私の名前は?」
わからん。全くの不明だ。
ふむ……
両親、同僚、友人……
やはり、名前がわからん。何だ、これは?
そもそも私には、エピソード記憶が、無い。
「私は、誰だ?……?あ、あー、あいうえお、かきくけこ……」
何だ、この声は?音程が高い。まるで、女の声。
待て待て待て、私は男だ。男、だよな。
視線を草原から、自身へとゆっくりと動かしてゆく。
果たして、目に映ったのは、明らかな胸元の膨らみ。巨乳というわけではないが、しかし、十分に女性であることを感じさせる膨らみだ。
そして、嫋やかな印象を与える細く伸びる手指。きめ細やかな白皙の肌。
そっと、美しいその右手で、股間に触れる。
「ない……」
そっと、手を離した。
「オーマイガッ!!」
私は酷く取り乱して、頭を抱え、天を仰いだ。
そして、髪が長く、美しいことにも気づいた。
「落ち着け、落ち着け……ちくしょう!?何だ、この無駄な美声は!?こんなので、落ち着けるかってんだ、ちくしょうめ!!」
醜態を晒しながら、私はしばらく悶えていた。
顔に触れる。よく、わからん。鏡が欲しい。
「はっ?」
その時、私の目の前に、鏡があった。
いや、それは水面だ。宙に浮く水面。それが、鏡のように、私を映している。
切長の瞳をしている。間抜けな表情を晒してはいるが、およそ怜悧な美貌と言えよう。
意識して、真顔をつくる。スッと通った鼻筋。不満そうなへの字口。
狐顔というのか。クールで近寄り難い。
しかも、髪は銀髪で、瞳は碧かった。
これは、日本人の顔ではない。
「ん?」
耳が目につく。先が尖っていた。
恐る恐る右手にて、触れる。
「ん……」
敏感だった。思わず声が出た。
私は、何の種族なのだろうか?
ファンタジージャンルの小説は、最も多く読んだものだが、銀髪碧眼白皙笹耳種族などいただろうか?
この水面鏡からして、私の種族は、魔法が得意なのだろう。何せ、願うだけで現れたのだ。そうでなくては、説明が、いや、まぁ、私が所謂チートな可能性もあるか。
エルフか?だが、イメージとしては金髪だ。では、吸血鬼?いや、陽光の元に今も晒されている。私は元気だ。ダークエルフ?白皙の肌だしな。
しかし、美女だな。
昨今のTS主人公の多くは、読者の紳士趣味に合わせて、幼女または少女であることが多いというのに。
私の姿は、私の年齢に合わせた所謂BBA、美魔女である。魔法も使えるので、そのままの意味でもあるな。
さて、どうするか。種族もよくわからんし、最悪、身売りしなければならない可能性もあるな。
無理だな。無意識魔法で相手を殺しかねん。
「火よ」
掌を上に向け、そこに願いのままの火を灯す。
「撃て」
願った地点に、その火は着弾した。そして、願いのままに小規模の爆発を引き起こす。
小さな穴が出来上がった。
「よし、攻撃にも使えるな。さて、行くか」
もう一度、辺りを窺う。前後左右どこを見ても果ての無い草原だ。
こういう時は、向いていた方向に歩くもんだ。
たぶん。