2-11 無名の弓使い
森の中でシンは紗霧と合流する。
「なんとか勝てたみたいだな。」
「ええ。助かりました。この子のおかげですね。」
紗霧の手に乗っていたノアは俺の指輪に戻っていく。もう不意打ちは通じないので一旦お休みだ。
「ナツメと取引をしたんだが、共にケンを倒すことになった。」
「なるほど。私はどうすれば?」
「まずナツメがケンと相対して、俺がとどめを刺すことにする。だから紗霧はその後の鳳珠破壊までをナツメとやって欲しいんだ。」
「分かりました。最初は隠れていれば良いんですね。」
「そういうことだ。くれぐれもばれないようにな。」
「はい。」
俺は作戦を紙に記し矢に結びつける。通信機ではチーム内しか通信できないので、古来の通信技術を用いるのだ。
俺はナツメの隠れ家の方面に向かってその矢を放つ。
◇
ナツメは自らの隠れ家である遺跡の前に突如刺さった矢を引き抜く。
「矢文か。早打ちらしいな。」
なんて検討違いの感想を抱きながら文面を読む。
私が正面衝突ね。まぁ妥当だろう。私以外の出陣は不要、か。よっぽどの自信だな。なんとなく予想はついているがな。
弓矢というものは飛距離がそこまでない。普通に撃って50m、アーツを使用しても100m。索敵に引っかかっていない以上、もし私があの侍と対した場所から撃っているのであれば、200mは距離があるはずだ。しかもかなり深く刺さっていた。
さらに200mも距離があれば風や空気抵抗によって狙いは相当ぶれるはずだ。それなのに入り口のど真ん中に刺さったのだ。
つまりシンは相当な弓使いなのだろう。普通では届かない距離を飛ばし、威力をそのままに狙いも正確である。全くとんだ無名の強者がいたもんだ。
「まぁいい。中ボス戦といきますか。」
私は朱剣の隠れ家に向かう。
朱剣の隠れ家は坑道である。私はその手前で立ち止まる。すると中からケンが出てくる。
「まさか生きているとはね。」
「生憎ね。私を甘くみない方がいいわ。」
「そうか。だったら決着をつけようか。今なら本気が出せるからね。お前らは見ていてくれ。」
朱剣は後ろにいるチームメンバーに声を掛ける。朱剣はタイマンをご所望のようだがこちらはそうではない。目にものを見せてあげよう。
〈速度上昇〉
〈疾走〉
〈速剣術〉
〈捌き〉
〈ぶれ〉
〈思考速度上昇〉
〈集中〉
〈付与術:速度〉
ほとんどのスキルを発動し、朱剣に挑む。動きや思考が速くなり、一撃も貰わないような動きに特化し、剣がぶれて受けにくくなった私の剣が朱剣を襲う。
切り札を除けば私の最高状態である。
朱剣は私の動きに完全に対応出来なかった。全プレイヤー中最速の剣戟。いかにどんな動きにも対応する朱剣とはいえ、反撃することは不可能のようだ。しかしながらも朱剣は一撃たりとも貰わずに私の攻撃を凌ぎきっていた。必要最低限の動きで受け流しているのだ。
本来だったらこの後に私は負けてしまう。速いということはそれだけエネルギーの消費も速いのだ。持久力対決では確実に負ける。
この時点で私は朱剣との差を感じていた。現段階では勝つことは出来ないのだと。
しかし私が勝つ必要は今回に限ってだが全くない。朱剣の動きを制限することさえ出来れば彼が決めてくれる。私はそう信じていた。
本来ならば信じる要素はほぼ無い。しかしシンは裏切らないと思っていた。理由はいくつかある。
朱剣を倒す可能性があるのは私か彼のどちらか、彼はそう言っていた。まるで何度も勝ったことがあるかのような。二人で戦えば負ける要素は無いかのようなそんな自信をその言葉は含んでいた。
その後彼はあえて矢文という手段を使うことによって弓使いとしての実力を証明してきた。
蛇足だが、私はいくらか早打ちに情報を売っている。大事な顧客を彼女が手放すはずがない。だから今後が険悪となる可能性のある手段はとらないはずだ。
……理由は他にもあるが、そんなことを考える必要は無かったみたいだ。
矢が飛んでくるのが見えたのだ。




