2-9 思いは加速し一を欠く
「ではいきましょうか。」
紗霧は刀を一閃し、魔刃を飛ばして様子見をする。魔刃は威力は控えめだが、魔法より魔力効率が良いので単純な飛道具として運用することが出来る。
ケンさんは朱い剣で弾く。私は朱い剣がどのようなものかは知らなかったが、色は違うもののカズラ君の〈魂力付加〉と似たエフェクトから付加系の能力だと推測する。おそらくスキルなどで火属性でも付加しているんだろう。
もしそうであれば一撃でも貰えば相当な損傷となるだろう。どうやら油断が出来ない相手らしい。
私は集中力を高める。さらに〈集中〉も使って限界まで高める。
集中した私の思考速度はとびっきりの速さを見せる。この技能の名前は"高速思考"だったか。思考速度が上がったことにより反応速度も高まり、この状態であればナツメさんの剣速にさえ付いていくことが出来るだろう。
私はこの状態ならば負けることは無い。しかし、決定打を与えることが出来ないでいた。人の域を超越した思考速度をもってしても前に立つ男には一本たりとも入れられない。
経験によって補われているような感じがした。10年重ねてきた私の経験を遥かに凌駕するような圧倒的な経験値。それが彼にはある気がした。まるで私の剣筋を知っているから考えなくても対応出来てるみたいに。
ケンさんの目的はおそらく私の足止めにあるだろう。このまま集中力が切れるまで粘られたら私は負けてしまう。
ただしシンがそれまでに帰ってくれば勝ち目は逆転する事になる。そう思い、長期戦の覚悟をした時であった。
一本の矢が飛んでくるのに気付く。
『手短に言うぞ。一瞬の隙を作った。後は任せた。』
シンからの通信を耳で受け取りながら足を前に踏み出す。そう私は今や一人ではない。
〈一閃〉
◇
5分程打ち合っただろうか。紗霧さんの剣は速い。剣自体が速いわけでは無いのだが、速いと感じてしまう。俺が動き始める瞬間にはその動きに対応した動きをし始めている。未来でも見えているかのような、そんな感覚に俺は高揚感を覚える。
まさかシンと同じようなプレイヤーがいるとはな。シンの物理演算は実質的な未来予知みたいなものである。相手の筋肉、関節、重心、その他様々な運動から先の世界を予測する。
紗霧さんはシンよりも一瞬遅い。ただ俺のことを見透かすような動きはシンと似たものを感じた。
シンには一応勝ち越している俺は、時間稼ぎならば簡単に出来る。
何故勝ち越すことが出来るのか。それはもちろん俺にも技能があるからだ。動作模倣、一度見た動きを自分で再現出来る。
あらゆる武術やスポーツの動きを覚えた俺は様々な動きを真似できる。もちろん身体能力的に無理な動きならば不可能だが、技術的な業ならば可能だ。
そしてシンに勝つために再現したのがいろんな速さを重視した動きを混合したものだ。基本的にシンは人の動きを予測するのは苦手な部類だ。完全に運動を捉えられないかららしいが。そしてシン自身が知らない動きを作り出して不意を突く。これが俺のシン攻略法である。
これを応用して今紗霧に対して再現しているのは過去の自分の動きである。シンすらも翻弄するこの動きならば予測はされにくい。そしてシンの動きすらも覚えている俺は紗霧の動きに予想をつけて動いている。同じタイプならば動きも似ることはよく知っている。
無理だと察してそろそろ諦めるかと思ったが、目線を一瞬俺の後ろに逸らして少し口角が上がった。足音は無い。ならば飛道具か。音がしないので矢の類だろう。
気付かないふりをして紗霧さんを誘う。俺が矢に気を取られた瞬間に決めきるはずだ。逆にカウンターで決めてやる。
紗霧さんが少し屈んだ事から矢が頭に向かって飛んできていると読み、頭を斜めにずらしながらカウンターを繰り出す。
◇
私が決めようとしていることには気付いているはずだ。しかし矢には気付いていない。そう決めつけていた。だが、ケンさんの動きでそれが間違いだったと察する。
もう技を止めることは出来ない。
だがシンはケンさんと知り合いだったはずだ。ならば気付くことも想定内かもしれない。気付かれるとしたら一瞬逸れてしまった視線。もし私の視線を逸らすためにわざと見えやすい場所から矢を飛ばしていたとしたら。ここまでがケンさんの隙を作る作戦だったとしたら。
私の技能はここまで思考して、私は技を出し切る。
スキル〈一閃〉。侍固有の刀の技では最大火力である。
ピューイ!
突如響き渡った小鳥の声が森に木霊する。
ケンさんの剣が黒い塊に纏わりつかれ動きを止める。
そして私の刀は彼を両断する。
ようやく2人の技能も出てきましたね。




